小春日とブラックホール

クリスマスも終わって、今年もあと1週間を切りました。
今年は、というか今年も私にはクリスマスはいつもと同じ一日で(笑)。
しかも当直明けだったので、特別ケーキを買ったりすることもなく、
購入したまま見ていなかった舞台の配信を観て、
勢いで同じ演目の別チームの配信も購入して、
結局翌日寝不足という、なんというか私らしい非日常を過ごしました(笑)。
というか、12月になってから配信される舞台関係が多くて、
何気に観きれないのではないかという不安が(^^;)
なので、観劇記録はさらっといってみたいと思います。


GORCH BROTHERS Reading THEATER vol.2
「朝彦と夜彦 1987」

作:菅野彰
演出:中屋敷法仁

2020.12.16 六本木トリコロールシアター 【B】吉村駿作 と 菊池修司
2020.12.17 六本木トリコロールシアター 【A】佐伯大地 と 稲垣成弥
 *いずれも2020.12.24に配信で観劇


昨年の夏に初めて観たこの朗読劇。
再演を心待ちにしていたのですが、このタイミングでの上演で、
劇場で観ることはかないませんでした。
個人的に、この物語は小さめの劇場の、閉ざされた逃げ場のない空間で観るのが良い気がするのですが、
(観終わって劇場から出た時の感覚までを含めて)
今回配信=映像だからこその魅力もあったように思いました。
というか、配信でアーカイブもあるから全チーム観られるのめっちゃ嬉しいv
当初Cチームだけ観るつもりだったのですが、まさかの配信当日の上演中止(^^;)
それなら、とBチームを観たら、どうしてもAチームも観たくなってしまって、
21時過ぎに衝動買いしてしまいました。
翌日寝不足だったけど、でも後悔はない!!
去年観た時に、この物語は演者によってその関係性も、導き出される終わりも大きく異なる、と書いたけど、
今回もそれを実感する2チームでした。


最初に観たBチームは、なんというか小春日のような優しさの感じられる二人でした。
労り、慈しみ、寄り添う二人。
そして同時に、これまで観たどのチームよりも等身大というか、“普通”な二人だったように思います。
それは、吉村くんの優しさにあふれる朝彦によるものでもあり、
まるで闇に溶け込んでしまうような儚さのある菊池くんの夜彦によるものでもあったと思う。
今回も、前回と衣裳のコンセプトは同じで、
朝彦は黒いシャツと革靴に白衣(Aチームはジャケット)と白いパンツ、
夜彦はその逆の組み合わせで靴はスニーカー、という感じなのですが、
衣裳のせいだけでなく、そして多分映像の効果だけでもなく、
菊池くんは本当に闇に溶け込むように見えました。
光が当たっていても、輪郭が曖昧に見える瞬間があって、ちょっとドキッとした。
それは、多分私には17歳の彼の存在がとても不確かに感じられたからだと思う。
菊池くんの夜彦は、9歳の夜彦がそのまま立ち止まっているように見えました。
♪小さな木の実 を聴いている9歳の夜彦。
暖かな橙の照明のなかで、けれどその表情は、戸惑いから絶望と諦念に塗りつぶされていった。
静かに、静かに、塗りつぶされていって―――そして、そこに立ち止まったまま、
何かに取り残され、何かに隔たれて、彼の存在はどんどん希薄になっていくようだった。
うつむく顔に照明が作る陰影がその目元を隠したとき、
その陰の中、白い強膜だけがくっきりと見える瞬間もあって。
舞台上の闇をすべて味方につけて―――闇だけを味方にして。
このまま彼は消えてしまうのではないか・・・そんな恐怖を覚えると同時に、
それこそが彼にとっての安寧なのではないかと思ってしまう自分がいました。

でも、彼には朝彦がいた。

吉村くんの朝彦は、本当に普通で、健やかで、善良で、優しい朝彦だった。
台詞が凄く滑らかで、朗読劇ということを忘れるくらい、“朝彦のことば”になっていて。
そして文句を言いながらも、常に夜彦に寄り添っている朝彦だった。
「俺はもう聞けない」―――そう言って夜彦を遮るときも
彼が感じていたのは自分の痛みではなく、夜彦の痛みだった。
夜彦がこれ以上傷つかないように、夜彦がこれ以上遠くに行かないように、
そのためだけに彼は話を遮ろうとしていたように感じました。
だから、どちらかに付き合うという言葉は、
少なくともあの瞬間、彼にとって真実であり、
夜彦を引き留め、寄り添うためのただ一つの方法だったんじゃないかな
でも同時に、朝彦の中には夜彦に生きてほしい―――共に生きたいという気持ちもあって。
だから、彼はあの扉を開けられなかった。

終盤、朝彦と家族の話をする夜彦は、本当に本当に優しい顔をしていました。
そして現れた30歳の夜彦は、もう闇に溶け込むようには見えなかった。
そのことになんだかとてもほっとして―――
でも、ラストシーン、夜彦に呼ばれた朝彦の表情は、
何かを心の中にしまい込んだかのような苦笑で。
もしかしたら、朝彦はいまだあの9歳の夜彦に寄り添い続けているのかもしれないな、と、
そんな風に思いました。
で、カーテンコールになってから号泣したというね(^^;)



Aチームのお二人は、最初めっちゃ怖かったのですが、終わってみたら清々しいという(笑)。
稲垣くんの夜彦は、なんというか形のない化け物みたいなだった(褒めてます)。
物語を知っているのに、次の動きとか感情の流れとかが全然予測できない。
常に動いている時と、まったく動かなくなってしまう(物理的にではなく)時の対比とか、
感情が振り切っているような言葉と、小さく平坦な言葉の対比とか、
とにかくすべてのふり幅が大きい。
あの始まりの9歳、♪小さな木の実 を聴く夜彦には強い怒りと混乱があって、
それが、少年の心を壊していく瞬間が目に見えるようだった。
そして、夜彦はきっとあの日からずっと壊れ続けている―――
同じ黒の衣裳なのに、稲垣くんの夜彦は、あの闇の中にくっきりと輪郭を保っていた。
闇の中でさえ異質で、むしろ、周囲の闇を喰らいつくすような、あるいは闇を放出するような、
そんな凄まじい存在感があったように思います。
なんかちょっとブラックホールみたいだった。

対する佐伯くんの朝彦は、闇を抱えながらも固い殻で覆いつくしているような感じ。
朝彦に対しても決して優しくはなくて、むしろしっかり距離を取っている。
まあ、夜彦がその分めっちゃ距離が近かったですが(^^;)
前回観た時、朝彦のお父さんはどうしているんだろうという疑問があったのですが、
この朝彦は、夜彦は別の形で父親という傷を抱えているようにも見えました。
そんな朝彦が、あんな夜彦と出会ったら・・・それは引きずり込まれるよね。
そういえば、♪小さな木の実 のシーン、吉村朝彦は終始柔らかい笑顔で、
決して朝彦の方を見ず、記憶の中の先生であり続けたけど、
佐伯朝彦は途中で夜彦の方を向いて、合唱の声をかき消すように大きな声で歌っていて、
その声がまるで呪いのように聞こえて、ちょっとびっくりしました。
あのシーンも、朝彦の中の闇を感じたシーンだったようにも思う。
そんな朝彦が、夜彦の中の闇に引きずられ、あるいは呼応して、あるいはぶつかり合って。
生きるのをやめるのを付き合う―――そう言った朝彦の横顔は、
絶望のようにも、諦念のようにも、安堵のようにも見えて。
異なる闇を持つ二人が響き合うことで、どんどん死に傾いていって―――

不意に、それは生へと反転した。

その瞬間が、きっかけがどこだったのか、私にははっきりしません。
朝彦が、死への恐怖を語った瞬間だったのか。
夜彦が、死への恐怖を認めた瞬間だったのか。
朝彦の普通の未来に、17歳の夜彦が歓喜の涙を流した瞬間だったのか。
17歳の夜彦の求めるものを、朝彦が受け入れ約束した瞬間だったのか。
私には、わからない。
でも。
最後、夜彦の呼ぶ声に答えた朝彦の満面の笑みは、
この舞台では多分初めての、本当に、心の底からの喜びと明るさに溢れていて。
ああ、この二人は生きていくのだと、そう思えたのでした。


前回観た時は、8月の夏のさなかでした。
そして今回は、12月。
17歳の彼らが過ごした、夏。
30歳の彼らが迎えた、冬。
その違いも、もしかしたら今回の観劇に何か影響していたかもしれない。
次に“彼ら”と出会うのがどの季節かはわからないけれど、
ずっと見続けていきたい演目の一つだなあ、と思います。
でもって、あの役者さんの夜彦が見たいなあ、朝彦が見たいなあ、なんて思ったりも(笑)。
いつか叶うといいなあ。
その前に、Cチームの配信を心待ちにしておりますv


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