瓔珞の音

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<<   作成日時 : 2009/10/13 21:45   >>

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去年「人間合格」を観た時、太宰治は教科書の「走れメロス」しか読んだことのなかった私。
小林多喜二についても、作品を読むどころか、中学の教科書程度の知識しかありませんでした。
ので、今回、このお芝居を観るのを、凄く悩んだんですね。
思想的にも、なんの知識も思いもない私が、このお芝居を観てもいいのかな?と。
きちんと井上さんの言いたいことを受け止めることができるのかな?と。

でも、その後読んだ「人間失格」に全然共感できなくても、「人間合格」はとても面白かったし、
チェーホフを読んだことも観たこともなくても、「ロマンス」は心に沁みた。

だから、きっと私なりの何かを受け取ることができるはず。
そう思って臨んだ「組曲虐殺」は、懸命に生きる人への想いに溢れた、素晴らしい舞台でした。



「組曲虐殺」

2009.10.10 ソワレ 銀河劇場 1階L列一桁台

作:井上ひさし
演出:栗山民也
音楽・ピアノ演奏:小曽根真
出演:井上芳雄、高畑淳子、石原さとみ、神野三鈴、山本龍二、山崎一


舞台には、空間を形作る細い何本かの柱。
奥の上方には、一台のピアノ。
明るく優しい調べかと思うと、唐突な転調や落ち着かない不安定な和音を奏でるそのピアノは、
時に淡い光の中に浮かび上がり、
時に暗闇の中からその音だけを降り注ぎ・・・
まるで、下界で生きる彼らを見守る月のように思えました。

プロレタリア文学の旗手、小林多喜二の最期の3年弱を描いたこのお芝居は、
そんな月の蒼い光の中に沈むような、静謐さがありました。

もちろん、彼が殉じた思想についてもきちんと描かれています。
けれど、それ以上に、その蒼い光の中で、
様々な映像を胸に抱え、自分の望みと、自分の手でできることのギャップに嘆き苦悩しながら、
それでも少しでも前に進もうとしていた―――そんな一人の青年の姿が、
くっきりと映し出されていました。


多喜二を演じたのは、井上芳雄くん。
井上さんのお芝居が好きで、「ロマンス」で役者としての確かな存在感を見せてくれた彼は、
今回も小林多喜二という男の、生の感情を私に届けてくれました。

井上くんの魅力といえば、やはりあの抜群の歌唱力。
けれど今回、彼の歌い方は、歌で魅せるミュージカルの歌声ではなく、
生の感情をそのまま伝える"ことば"としての歌であったように思います。

かすれ、割れた、耳障りの悪い歌声。
伏せ字ばかりにされた自分の文章が、一体何を伝えるのか?
虐げられる労働者への愛情と共感と、彼らに対する自分の無力さ。
多喜二の中で暴れる、憤怒と苦悩と、そして哀しみ―――そんな丸裸の感情。

圧巻だったのが、刑務所の独房で彼一人が歌う場。
前を見据えた、暗く鋭い目。
抑えようとしても抑えきれない感情の波。
夜の闇の中で、その蒼さを抱きしめるかのように掲げられた長い腕のしなやかさ。
本当に、息を呑んで見つめてしまいました。
ああ、きっと多喜二は、こんな風に世界を、自分を抱きしめていたんだ。
そう、すんなりと思えてしまいました。

もちろん、美しい歌声も聞かせていただきました。
2幕後半、パーラーで特高刑事と対峙する場。
自分の胸の映写機が映し出すものを、頭だけでなく、身体全体で書くのだと語る多喜二。
そのときの歌声は、とても美しく朗々としていました。
けれど、私の中で何故かその姿が、「道元の冒険」の壮年道元が「風鈴の歌」を歌う姿と重なったのです。
時代も、状況も、もちろん姿形も歌声も違う。
でも、自分の中の熱い想いを、抑えきれずに語りだすその姿は、なんだかとても似ていた。
そして、それはやはり歌声を越えた言葉だったのだと思うのです。

その熱さに呼応するように、その場にいる人たちも、それぞれの胸の中の映像を語りだし―――

愛しいけれど寂しい。
辛いけれど暖かい。
情けないけれど誇らしい。

そんな沢山の鮮やかな思い出たち。
普段は胸の奥深くに隠されて、でも何かの拍子に胸の映写機がカタカタと音を立てながら、
鮮やかに浮かび上がらせるそんな映像。
それらは、痛み続ける疵であると同時に、今を生きるよすがでもあり、力でもあり―――
そんな風に語りだす人たちを見つめる多喜二の眼は、優しく、そして喜びに溢れていて・・・
自分自身の人生を、ただ懸命に生きていく人たち。
思想も身分も全て飛び越えて、彼らに注がれる真摯で優しい眼差しは、
たぶん井上さん自身のものと重なるのではないか。
そう、思いました。

このシーンのあと、チャップリンの変装をしていた(のです!)多喜二は、
楽しそうにおどけた歩き方で舞台の奥へと進み、黒いシルエットとなります。
―――そして、それがこの舞台での彼の最後の姿となりました。

多喜二の死は、周囲の人たちの台詞だけであらわされます。
彼がどんな状況で、どんな風に死んでいったのか。
それがどれだけ周りの人々を傷つけ、嘆かせたか。
淡々とした姉の表情が、その痛ましさを見せつけます。
けれど、彼らは彼ら自身の道を前へと進んでいくのです。

多喜二の笑顔。
多喜二の言葉。
多喜二の叫び。
多喜二の想い―――

彼らが見つめ、対峙し、受け止めた"多喜二"を、それぞれの胸の映写機に焼き付けながら。



多喜二の姉・佐藤チマ役は、高畑淳子さん。
TVではおなじみですが、舞台で拝見するのは初めてでした。
さすがな貫禄で、けれど軽やかに強くて愛情深い姉を演じてらっしゃいました。
チマは、たぶん多喜二の思想や活動を、100%は理解していなかったのだと思います。
それでも、見返りを求めない家族の愛情というのは、
たぶん多喜二にとって金銭的な援助以上の支えであったのだろうな。
なんとなく常に張り詰めた感じのした多喜二が、
チマを前にするとふっと柔らかい雰囲気になるのか印象的でした。


多喜二の恋人・田口瀧子役、石原さとみさん。
この方も舞台は初めて・・・かな。
TVでみて想像していたよりも、ずっと小柄で可愛らしい方でしたv
自分を酌婦という境遇から解放してくれた多喜二に対して、
恋人と兄の中間のような(劇中では彼女が恋人と妻の間、と評されていましたが)感情を持っていた瀧子。
同志として共に戦うことのできない自分を彼女は嘆いていたけれど、
真っ直ぐな彼女の感情は、やっぱり多喜二の癒しであり支えであったろうと思います。


そして、同志として彼を支えた妻・伊藤ふじ子を演じたのは神野三鈴さん。
こまつ座作品では欠かせない役者さんのようですが、この方も初めて拝見しました。
姿も声も振舞いも綺麗な方ですね〜v
淡々と、でもきちんと笑いをとるべきところは外さないのが素晴らしい!
でも、多喜二と共に闘う同志として、特高に捕まり拷問を受けたこともある、
ふじ子という女性が抱える影や、どこか諦めたような風情も感じることができました。


女性三人はそれぞれ雰囲気が異なっていて、
それぞれの立場で多喜二と関わると、その違いが更にクリアに見えてきて面白かったです。
1幕、三人が一緒に歌う曲があるのですが、
ぴったりと合っている、とはいえないその歌声が、
かえって彼女たちの立場や想いを表すようで、
でも、とてもとても美しくて、聞き惚れてしまいました。


特高刑事の二人は、古橋役の山本龍二さんと、山本役の山崎一さん。
ちょっと漫才みたいな掛け合いが楽しいお二人でした(笑)。
2幕最初にお二人が歌う歌は、良く聞くと凄く怖い歌詞なのですが、
お二人が歌うことで、なんだかとても人間味溢れるものになっていたように思います。
多喜二に狙いをさだめ、多喜二を追い続け、彼の人となりに触れるうちに、
いつしか彼の気持ち(思想ではなく)に寄り添ってしまった二人。
この二人の胸にも、多喜二と過ごした時間の映像が、きちんと仕舞いこまれているんだろうな、と思います。

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09/10/25 「組曲虐殺」千穐楽......多喜二は後に続く者を信じたか
{/book/} 昭和初期に活躍したプロレタリア文学の旗手で、官憲の拷問によって29歳の若さで虐殺された小林多喜二を井上ひさしが描く評伝劇。 若い頃、本屋で「蟹工船」を手にとって最初のページに目を走らせただけで挫折(^^ゞ。最近のブームで漫画になったものを立ち読みしてようやく作品概要を把握したくらいの私は小林多喜二についてほとんど知らなかった。 Wikipediaの「小林多喜二」の項はこちら {/face_ase2/} こまつ座&ホリプロ公演【組曲虐殺】 作=井上ひさし 演出=栗山民也 作曲・演... ...続きを見る
ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記
2009/10/29 00:10
後に続くものを信じて走れ
(小林多喜二の恋人瀧子)「小林多喜二君!絶望するな!」肩をたたいて走り去る。暗闇の中一人残る多喜二。(小林多喜二独白)「絶望するにはいい人が多すぎる。希望を持つには悪い奴... ...続きを見る
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2010/08/16 08:15

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
素敵な劇の紹介ありがとうございます。
佐藤三郎
2009/10/13 22:52
佐藤三郎さま、コメントありがとうございます。
本当に素敵な舞台でしたので、
それが少しでも伝わったなら、本当に嬉しいですv
恭穂
2009/10/15 19:56
お芝居自体もとても素敵だったんだろうな、と思いましたが
それ以上に恭穂さんの文章を読みながら
何だか涙が出てきてしまいました。
見てみたかったなあ。
みずたましまうま
2009/10/18 07:54
みずたましまうまさん、こんばんは!
本当に素晴らしくて、大好きなお芝居だったので、
みずたましまうまさんの心に触れるレポが書けたなら、
とても嬉しいですv
井上くんが、嬉しくなるくらいいい"役者"でした。
またいつか再演してくれるといいですね。
恭穂
2009/10/18 21:25
千穐楽にsakuramaruさんと並んで観てきました。
革命家という側面だけでなく、多感な文学青年としての人物像もきちんと描かれていたので、最後は特高新撰組に捕まって拷問死させられてしまうという対比がくっきりしました。
井上ひさしの評伝劇って主人公はみんな作家だったなぁと思い出し、だから井上さんの作家魂が重なるんだと今更ながら納得です。
次回の魯迅が主人公の「シャンハイ・ムーン」も楽しみになっています。
ぴかちゅう
2009/10/29 00:16
ぴかちゅうさん、こんばんは!
多感な文学青年・・・確かにそういう感じですね。
井上さんの評伝劇は、それほど数は見ていませんが、
みんな作家なのですが・・・
数少ない観劇した舞台はどれも確かに
井上さんの想いを感じることができたように思います。
次回は魯迅なのですね。
できれば見に行ってみたいな、と思いますv
恭穂
2009/10/30 19:55

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