瓔珞の音

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<<   作成日時 : 2012/07/30 22:48   >>

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彼は、自分の中に傷痕がある、と言いました。
それはきっと、34年間振り返り続けた彼の、罪。
彼だけの、罪。


「スリル・ミー」

2012.7.27 ソワレ 銀河劇場 1階K列20番台
2012.7.29 マチネ 銀河劇場 1階G列一桁台

原作・音楽・脚本:ステファン・ドルギノフ
演出:栗山民也
出演:田代万里生、新納慎也
ピアノ:朴勝哲


先日初めて観てきた「スリル・ミー」
初演から演じている新納さんと田代くんのペアを観てきました。
前評判はいろいろ聞いてはいたのですが・・・ほんとに凄かった!!
席が良かったとか、体調が良かったとか、2回目でストーリーを知っていたからとか、
理由はいろいろあるとは思いますが、
初回で観た良知・小西ペアの印象が、一回すっかりリセットされました。
(その後、比較する形でいろいろ思い浮びましたが)。

初めての田代・新納ペアは、私にはとにかく怖かったです。
幕が降りた瞬間(幕、ないけど/え)、思わず涙目になるくらい、怖くて仕方ありませんでした。

何が、私をそんなに怖がらせたのか―――

新納さん演じる「彼」は、確かに怖かった。
「私」に対する冷たい態度も、血染めのロープを床に打ち付けるといった直接的な行動も、
身体が後ろに退いてしまうような怖さがありました。
けれど、私が一番怖いと思ったのは、殺害するための子どもを口説き落とすシーンでした。
その優しく穏やかな歌声。
慈しむようにすら見える微笑。
決して自分からは踏み込まずに相手を手繰り寄せる仕草―――
その曲の最後、少年に手を差し伸べて「近くへおいで」というシーン、
1回目に観た時はまさに「彼」の真正面だったのですが、
思わず気持ちも身体も引き寄せられてしまうような雰囲気があって、ちょっと鳥肌がたちました。
いけないことだと、その先には破滅しか待ってはいないのだと、
そう叫ぶ理性すらも溶かしてしまいそうな、禍々しい美しさ―――

これが、新納さんの「彼」なんだ、と思いました。

弟への憎しみや、父へ向けられる複雑な愛情も、ニーチェへの傾倒も、
「彼」を犯罪へと駆り立てる理由を考えることが無意味に感じられてしまうような、
ノーブルな姿の「彼」の中に静かに潜む抑えがたい絶対的な衝動。
今ある世界を壊すという、希求―――

これが、「私」を捕らえて離さない「彼」の魅力なのかと、なんだか凄く納得が行ってしまったのです。

もちろん、そういうある意味”超人的”な「彼」は、「彼」の一部分でしかなくて、
「私」に向けられる「彼」の視線は、もっとずっと”人間的”だったように思います。
というか、個人的には、「彼」ってもの凄く「私」が好きだし大事だよね?!って思ってしまいました(笑)。
普段真っ直ぐに「私」の前に立つときは、ほんとに冷酷な視線や行動なのに、
ふとしたときに「私」を抱き寄せる手とか、頬を寄せる仕草とか、
なんというかひたすら優しくて甘くて・・・
そう思うと、「彼」って消して「私」に無理強いはしてないのですよね。
上手く誘導はしているのかもしれないけれど、最終的には「私」に選ばせてる。
もしかして、それって「彼」の愛情だったのかなあ・・・?
♪やさしい炎 の最後、燃え盛る炎を魅入られたように見つめる「私」の背中に向けられる視線も、
もの凄く優しく切ないものに見えました。
で、そういう表情が、絶対に「私」には見えないときだけ、という徹底っぷり・・・新納さん、素晴らしいです!

「彼」が「私」に向ける感情って、もちろんそういう愛しさだけではなくて、
「私」が天才であること―――もしかしたら自分よりも―――や、
「私」が傍にいれば、自分は世界を壊してしまえる、という予感に対する漠然とした恐れもあったのかも。
そんな風に思ったら、二回目に観た時、
冒頭の再会で、「私」の激しい言葉を聞きながらマッチを見つめる表情が、
なんだか自嘲と諦念に溢れているように感じられてしまいました。
「彼」が「私」の前から姿を消したのは、「私」から逃げるためだった。
けれど、逃げても、結局「私」の元に戻ってきてしまった自分に対する諦念と、
「私」と共にあることで手に入るスリルと破滅を求める自分への自嘲。
「私」と共にあるからこそ、「彼」は自分を”超人”と思えたのかもしれません。

でもって、田代くんの「私」がまた、「彼」がそう感じるのが当然と思えてしまうような、
凄い潜在能力を感じさせてくれたのですね。
基本的には「私」は一途で可愛くて、育ちの良い純粋な青年という印象なのですが、
シーンによって、「彼」を凌駕するような危うさがありました。
燃え盛る炎を見つめるときの、「彼」を通り越してその先を見ているかのような、
怯えと恍惚の入り混じった表情もそうですし、
「彼」が殺人を計画したときもそう。
ストーリーを知って観ているから余計に感じたのかもですが、
弟を殺すと歌い上げる「彼」の声を聞きながら下手の角で遠くを見つめる表情が凄まじかった。
この瞬間に、「彼」の殺人計画を利用して「彼」を手に入れるための方法が、
「私」の中に一気に組み立てられたのだと。
自分の中に出来上がった”計画”に、彼自身が呆然とし、戸惑い、恐れているのだと。
そう感じられて、ちょっと背筋が寒くなるようでした。

「私」に刻まれた傷痕―――罪。
それは、少年の命を奪ったという事実ではなくて。
少年の命を利用して、「彼」を手に入れたということなのかもしれません。
そして、その傷痕は、きっとこの瞬間に刻まれた。

その後、両手で何かを抱えるような仕草で「犠牲の羊」と歌うときの泣く寸前のような表情も、
「彼」の殺人計画での犠牲ではなく、自分の欲望の犠牲に対するものだったのかもしれない。
「私」が歌う♪戻れない道 で、「私」が踏み込んだのは、
「彼」が導く深淵ではなく、「私」自身の中にある暗い森なのかもしれない。
そして、殺人の後のあの慄きも、犯した罪に対するものだけではなく、
自分の手を血に染めてまで、「彼」を手に入れようとする自分への慄きだったのかもしれない。
脅迫状を読み上げるときの「この悪夢を終わらせるのはお前しだい」という言葉も、
「私」は「彼」に向かって言っていたのかもしれない。
電話でやり取りするシーンの怯えと混乱も、演技ではなく、
自分の計画を超える勢いで、けれど自分の計画通りに進んでいくことに対するものだったのかもしれない。
この辺りから、「私」はいろんな言葉や仕草で「彼」を試しているのだな、と思いました。
崩れていく「彼」の計画を前に、自分が差し出す問いに「彼」がどんな選択をするのか、
「私」はずっと見つめていた。
「彼」の選択によっては、「私」はこの犯罪を完全犯罪にすることもできたんじゃないかな。

もし、「彼」が「私」を裏切らなかったら、
もし、「彼」が「私」の計画を超えるほどの方法を提示してくれたなら、
もし、「彼」が「私」を切り捨てず、共に生きることを選んでくれたなら、
きっと「私」は二人ともが無実でこの罪をすり抜ける方法すら、考えていたように思うのです。
そのくらい、田代くんの「私」は天才に見えた。

けれど。
「彼」は「私」を手酷い罵倒と共に切り捨てた。
次の瞬間、背広の袷を両手で真っ直ぐにする「私」の表情の暗さ―――
この時に、「私」は刑務所で共に生きるという選択をしたんだろうなあ。
そして同時に、「私」の中の何かが壊れたのだと思う。
そう感じてしまうくらい、その後の「私」の感情が抜け落ちたような表情は、怖かった。
独房で、死を恐れる「彼」の声を聞くとき、
仰向けに横たわった「私」が顔だけ客席に向けるのですが、
でもって、それがまたしても真正面だったのですが、
上記の手を差し伸べる「彼」と同じくらい、めちゃくちゃ怖かった!
光を浴びた顔はとても綺麗なのに、人形みたいに無機質な冷たさがあって・・・

また、そのときの新納さんの「彼」の歌が素晴らしかったんですよね。
自分の計画を、自分の予想を、自分の力を超えて進んでいく状況。
突然に切り離された、日常。
突きつけられるかもしれない、命の期限。
自分を形作ってきた自信や矜持の全てを剥がし取られ、
嘆き震えることしかできない、弱く無力で小さな自分。
乱れた髪の間に覗く子どものような表情が、哀れで、辛くて―――
なのに、隣にいる「私」は、そんな「彼」の弱さを感じても表情一つ変えない。
それがまた更に怖さに拍車を掛けてくれました(涙)。

その後、護送車の中で「私」は自分の計画を「彼」に告げるわけですが・・・
切望した「彼」を手に入れたはずの「私」の表情には、苦痛と怯えがあった。
でも、一方で「私」に背を向けた「彼」は、笑顔でした。
その笑顔は、私には自嘲でも投げやりな気持ちでもなく、満たされたような喜びの表情に見えて―――
ああ、「彼」は、本当に欲しいものを手に入れたのだ、とそう思いました。
全てを―――地位を、名誉を、未来を、命を捨てても、
ただ自分だけを求め続けてくれる存在を手に入れたのだ、と。
そして同時に、「彼」も決して切れない絆で「私」を絡み取ることに成功したのだと―――

次の瞬間、「私」を振り返った「彼」の面には、その笑顔はありませんでした。
「お前は孤独だ」と「彼」は「私」に告げます。
そうすることで、「彼」はもっと「私」に自分を求めさせようとしたのかもしれない。
そして、「彼」は、「彼」の死後もしっかりと「私」を捕らえ続けた―――

結局、このゲームに勝ったのはどちらなのだろう?
「彼」と共に生きる人生を手に入れた「私」なのか。
ひたすらに自分を求める「私」を手に入れた「彼」なのか・・・?
どちらにしろ、新納さんと田代くんの創り上げた”二人”は、
それぞれの方法で相手を手に入れようとしたように、私には感じられました。
「彼」は共に”超人”という高みを目指すことで。
「私」は共に堕ちることで。
寄り添うのではなく、与え合うのではなく、いたわりあうのでもなく、
探りあい、奪い合い、傷つけあい―――まるで互いの尾を咬む二匹の蛇のように互いを求めた。
―――もしかしたら、そんな二人の関係が、私にとって一番の恐怖だったのかもしれません。
でも、そうやって互いを手に入れた二人の物語は、怖いほどに美しかった。
美しくて、でも同時に容赦のない残酷さがあった。
残酷で、けれど、とても満ち足りていた―――

これは、相思相愛の二人が、それぞれの愛を成就させた物語なのだと、
1回目に観た時にそう思いました。
2回目に観た東京楽では、でもそういう印象がまたちょっとひっくり返された感じなんですけどねー。
どうしても、こういう舞台って自分の観たいように観て、観たいように解釈しちゃうじゃないですか。
そうすると、自分の中の物語と、舞台の上の物語にどうしても矛盾ができてしまう。
来年3月の再々演が決まったとのことですが、スケジュール的に新納さんの参加は無理そうなのかな?
もう一度二人の「彼」と「私」を観て、楽でひっくり返された”答え”の先を見つけたかったな。

もちろん、何度観ても、全てをクリアにすることは難しいとは思うのだけれど、
それでも、二人の、いや、それぞれの”真実”を見つけたくなっちゃいますよね。
もしかしたら、それがこの舞台の魅力なのかなあ、と思います。

そんなこんなで、にろまりペアの「彼」と「私」には、
非常に想像力を刺激されました(妄想とも言う・・・/笑)。
お二人とも歌はとにかく素晴らしいのですが、
二人の声が重なると、更に空間というか二人の背景が広がる感じがしました。
今の二人の関係もですが、過去の二人の関係というか時間もちょっと気になる・・・
初回に観た時には、とにかく二人が作り出す関係性に一気に引き込まれて、
久々に周囲が全く見えなくなるくらい集中しました。
ところどころでふっと我に返って冷静になれたので、なんとか踏みとどまった感じ?
ちなみに、冷静になったのは、事前にお友達から教えてもらった注目シーン(笑)を見つけて、
あ、指をくわえるってここか!と思ったのと、
事後(え)に「私」がサスペンダーをなおし忘れたとき。
いや、あの時は冷静になるというか、このままサスペンダー下げたまま最後まで行くのかと、
内心かなりドキドキしてしまいました(笑)。
実は、良知くんの「私」がサスペンダーを直す背中が、気だるげで凄く色っぽくって印象に残ってたので、
田代くんはどうなのかなあ、ってこっそり注目してたんですよね。
その後で引っ込むシーンがあって、ちゃんと直して出てきてくれたのでほっとしました(笑)。
楽ではきちんと直していましたが、個人的にこのシーンの色っぽさは良知くんに軍配を上げようかと。
田代くんの「私」は、なんというか無邪気に「すっきりした!」という感じだったので(笑)。

もっといろいろ思ったことはあったのですが・・・さすがにちょっと長くなったので強制終了!
あ、一つだけ!
今回ピアノは朴さんだったのですが、前回の落合さんとは全然印象が違っていてびっくりしました。
最初の音からして、すぱっと切り込んでくるような鋭さと繊細さ。
役者二人に寄り添うだけでなく、更に彼らの感情と、
それを受け止める観客の感情を煽るような激しさがありました。
お友達が、ずたずたにされるよね、っておっしゃってましたが、まさにその通り!
プロフィールを読むと、これまで観たいと思いつつご縁のなかった井上さんの舞台などに、
沢山参加されていたようで、ちょっと悔しいです。
また、どこかで朴さんのピアノに出会えると良いな。

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