瓔珞の音

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<<   作成日時 : 2014/12/21 20:45   >>

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今年最後の観劇な週末から帰宅しました。
この土日は、意図したわけではないのですが、StarS制覇な観劇日程に(笑)。
次男→末っ子→長男の順で、それぞれの主演舞台を観てまいりましたv
これから怒涛の年末に突入しますので、
記憶の新しいうちに、一つ記録してしまおうと思います。


「モーツァルト!」

2014.12.20 ソワレ 帝国劇場 1階A列30番台

出演:山崎育三郎、平野綾、花總まり、香寿たつき、阿知波悟美、武岡惇一、吉野圭吾、山口祐一郎、
    市村正親、日浦美菜子、秋園美緒、池谷祐子、樺島麻美、河合篤子、鈴木結加里、徳垣友子、
    船山智香子、真記子、三木麻衣子、柳本奈都子、朝隈濯朗、阿部誠司、大谷美智浩、
    奥山寛、小原和彦、KENTARO、杉山有大、高原紳輔、武内耕、寺元健一郎、松澤重雄、
    港幸樹、山名孝幸


というわけで、1か月ぶりのM!は、今期最初で最後の山崎ヴォルフとなりました。
今回は下手最前列というとんでもないお席だったのですが。

いやもう最前列やばい・・・

距離的にも物理的にも遮るものがないから、
役者さんの表情も歌声も演技も・・・いろんなものが剥き出しのまま届いてくる感じで、
すごい勢いで流れ込んでくるものと、同時に容赦なく吸い取られる気力と体力で、
終演後はもう消耗してしばらく立ち上がれない感じでした。
某座長に「嘘!」ってステッキで打ち抜かれちゃったり(え)、
馬車から手を振る猊下と目が合って頷いてもらっちゃったりしてテンション上がったしねーv
・・・どちらも"そんな気がした"というだけなんですが、まあ、思って幸せになるのは勝手かと(笑)。

で、そんな中で目が離せなかったのが、日浦アマデ。
なにこの綺麗で感情豊かで体温の感じられるアマデは?!とびっくりしちゃいました。
表情が良く見えたから、というのもあるのだと思うけど、
なんというか、日浦アマデってすごく良く周りを見ている気がした。
音楽とヴォルフだけじゃなくて、パパも、ナンネールも、座長のことも凄く良く見てる。
で、コンスタンツェにだけ全然興味がない(笑)。
ヴォルフとアマデの最初の方の動きのシンクロ具合だけではなく、
このアマデはヴォルフの一部であり、そしてレオポルトの息子なんだなあ、とすんなり納得できた感じです。
1幕最後、羽ペンが書けなくなった時の困惑と焦りと怒り、
その後の、ヴォルフの手をつかんで、その腕にペンを突き立てるときの表情―――
無心な真剣さ。
当然の行動であるという容赦のなさ。
そして、ヴォルフと共に、確かに感じている痛み―――

なんだかね、"モーツァルト"の才能の源泉はヴォルフの中にあって、
アマデはその音楽を形にするというか増幅して放出する存在だったのかな、と思った。
えーと・・・アンプみたいな感じ? ちょっと違うかな(^^;)
とにかく、そういう存在であるアマデが、ヴォルフが壊れたために暴走したのかな、と。

そう思ったのは、やっぱり山崎ヴォルフの壊れっぷりが凄かったからかなー、と。
山崎ヴォルフは、前回の初役での公演を見た時、
「この馬鹿息子!」って思ったのだけど、今回は更にパワーアップしてた気がする(褒めてます、念のため)。
行動にも言葉にもストッパーが全くないというか・・・
気づいたら、パパと同じように「あちゃー」って頭に手を当ててる自分がいたり(笑)。
いやもうこの息子だとパパ苦労するよね!
というか、見事に育て間違えたよね!(酷)
映画の「アマデウス」を見た時のそこはかとない嫌悪感を思い出しました。
(見直したら、初見の記録でも同じ事書いてたよ、私/笑)

そういう、ある意味温室育ちというか防御柵のない状態の山崎ヴォルフ。
その彼の一部が、ママの死によって壊れ、損なわれた―――
♪残酷な人生 での、彼の鬼気迫る笑顔を見て、そう思いました。
絶望や怒りや嘆きや・・・そういう感情が極限を迎えたとき、
人はこんなにもうつろな笑みを形作るのだと―――そう思ったら、ちょっとぞっとした。
その後の酒場のシーンでも、ふてくされた顔をしながらも笑ってるんだよ、山崎ヴォルフ・・・(泣)

そんな風に欠落した彼の一部。
それを埋める存在がコンスタンツェだとヴォルフは思い、
そして、無意識にその欠落を感じたコンスタンツェは、それを自分が埋められると思った。
でも、それは錯覚でしかなくて・・・

パパとの決別とその死というセカンドアタックで、結局ヴォルフは粉々に壊れた―――

レクイエムの作曲のシーンは、ヴォルフの表情をほぼ正面から見る形になったのだけれど、
粉々に壊れた自分の中で、唯一壊れずにキラキラと輝くアマデを拒絶したヴォルフが、
粉々になった欠片を必死で集めて、何かを形作ろうとして、
でも作る傍から崩れていく自分に絶望していくように見えて、
なんだかほんとに見ているのが辛かった。

でも、アマデにとっては違った。
「ダメだ、書けない」
そう言ったヴォルフに、不思議そうに目を見開いたその横顔。
そして、躊躇いなく差し出した白い羽ペン。

どうして書けないなんて言うの?
だって、僕がいるのに。
僕は君なのに。

もう、立ち上がる力すらないヴォルフが震える手でそのペンを持ち、
そして、アマデの手を導いて自分の心臓に突き立てたとき。
アマデは、鮮やかに笑っていた。
その笑顔は、喜びと安堵に溢れているように見えて―――
ああ、これで"モーツァルト"は完璧な存在になったのだと、そんな風に思いました。


平野コンスは2回目でしたが、冒頭、ドクトル・メスマーがモーツァルトを語るのを聴いている時の表情が、
惑乱するヴォルフを目の当たりにした時の表情と重なる気がして、はっとした。
自分にはわからないヴォルフの中の何か。
自分には見えないヴォルフの視線の先に在るもの。
戸惑いと恐怖。
諦念と絶望。
あの瞬間の感情は、彼女に深い深い傷を刻みつけた―――

マンハイムやプラター公園での彼女が、明るく溌剌とした、生命力に溢れた少女だった分余計に、
その変化が悲しかったなあ。
(というか、プラター公園でアルコ伯爵の帽子をかぶるコンスがめちゃくちゃ可愛くて、
 これはヴォルフ惚れるよ!と思ったのは内緒/笑)
惑乱したヴォルフを抱きしめた時も、
抱きしめ返すヴォルフは、たぶんそれがコンスだってわかってなかった。
「魔笛」作曲の時も、虚勢ではなく完全にヴォルフはコンスを意識から排除してた。
こんな終わりを迎えたら、それは人も変わるよね・・・と納得したくないのに納得しちゃいました。


前方席だだったせいか、全体的な印象よりも、
役者さん一人一人のふとした瞬間を切り取ったような印象が残った舞台だったなあ。
例えば・・・

冒頭、パパの「子どものままなら!」という言葉が、私的にはこのミュージカルの肝なのだけど、
その瞬間、はっとパパを見つめたナンネールの表情に射した影とか。
皇帝陛下の演奏会の時に、息子を見つめるパパの背中とか。
(この時のパパの表情がめちゃくちゃ気になる!!)
市場のシーンで、ナンネールを庇おうとして仲間に止められてるのがベルヒトルトなのかな、とか。
パパに反対されても結婚したナンネールとベルヒトルトなのに、
こんなにもすれ違っちゃったのは、やっぱりヴォルフの(才能の)せいなのかな、とか。
だとしたら、コンスと同じ意味で、ベルヒトルトの変化が悲しいなあ、とか。
座長、実はアマデが見えてますか?とか。
アルコ伯爵、ゾフィーの影に隠れるのはちょっと無理がありませんか?とか。
楽譜を投げつけた瞬間に、猊下はアマデに敵認定されたよね、とか(え)。
♪神よ、何故許される の時点で、パパはほんとの意味でヴォルフを守ろうしてるなあ、とか。
同じく、このシーンでの猊下の歌声には、体が押されるように感じるほどの力があった、とか。
♪ここはウィーン での男爵夫人最強!とか。
同じくこのシーンでの座長の舌出しは反則だろう、とか。
同じくこのシーンでの港さんの歌声に歌詞はともかくよろめいた、とか。
なんだかどのシーンでも、妙に杉山さんが目についた、とか(え)。
いろいろいろいろあるのですが・・・・

ラスト。
フィナーレの♪影を逃れて で、一人一人の表情を、歌うその姿を見た瞬間、
ああ、この曲は、ヴォルフだけではなく、全ての登場人物の運命への対峙の仕方なんだと、そう思った。

運命に挑んだ者。
逆らった者。
受け入れた者。
敗北した者。
身を任せた者。
寄り添った者。
支配した者。
解き明かそうとした者。
追いかけた者。
そして、共に逝った者―――きっと、それこそがこの物語。

そんな風に、思いました。

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