瓔珞の音

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zoom RSS 薄明の庭

<<   作成日時 : 2015/03/18 23:15   >>

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沈みゆく陽の名残の光に輝く空の下。
その庭に落ちる木々の影は、既に忍び寄る宵闇に飲み込まれようとしていました。
仄かな光は、だからこそ、静かな闇の気配を誘い―――
その闇にまぎれるように佇む男たちが胸に抱えるのは、深く昏い喪失の傷跡。


「十二夜」

2015.3.14 マチネ 日生劇場 GC階B列40番台

作:ウィリアム・シェイクスピア
演出:ジョン・ケアード
出演:音月桂、小西遼生、中嶋朋子、橋本さとし、青山達三、石川禅、壌晴彦、成河、西牟田恵、
    宮川浩、山口馬木也、生島翔、内田紳一郎、折井理子、キムスンラ、河野しずか、佐々木誠二、
    扇田森也、平野潤也、真瀬はるか


美しいイリリアの地で繰り広げられる、錯誤と誤想と錯覚に満ちた恋物語―――

たぶん、シェイクスピアの作品の中で、私が一番多く見ているこの物語は、
私の中でこういうイメージでした。
絡まった糸が、最後の最後であっという間に解けていくカタルシス。
その後に一滴だけ残った染みのような苦い後味。
個人的には、どうしてもマルヴォーリオに対する仕打ち受け入れがたくて、
正直に言ってしまえば、手放しに楽しめる物語ではありません。
それでも、今回、役者さんの豪華さに心惹かれてチケットをとったのですが・・・

特筆すべきは、やはりジョン・ケアードさんの徹底した美意識に根ざした空間でしょうか。
少し傾いた円形の空間を囲むように配置された、美しい緑の蔓に覆われた壁。
床に描かれた時計の文様と、その上に置かれた天球儀。
その上に織りなされる沈んだ色彩の光の渦と、繊細な木々の影。
薄明を思わせる空の下、シルエットになる曲線の美しい門とそこに佇む人。
そして、光の中にあっても尚、忍び寄る冷たい闇を感じさせる空間で繰り広げられる、
夢のように曖昧で、けれどどこか生々しさを感じさせる想いのやり取り。

繊細に奏でられる音楽とあいまって、その空間は溜息が出るほど隅々まで美しいと感じました。

けれど、そんな美しい空間の中で紡がれた物語は、喪失で始まり、喪失で終わっていたように思います。

嵐の海で、互いを見失った双子の兄妹の、喪失。
最愛の兄を亡くし、黒いドレスとベールの中で他者を拒絶する妹の、喪失。
富も名誉も才能も人望も、全てを手にしながら、一人の女の愛を求め続ける男の、喪失。

物語の最初に何かを失っていた彼らは、物語の最後にその喪失を埋め、更に溢れるほどのものを得た。

一方で、物語の最初に、何かを得ていた男たちは、物語の最後に何かを失った。
地位と矜持と野望を得ていたマルヴォーリオ。
誰よりも大きな富を得ていたサー・アンドリュー。
全てをかけて愛する相手と巡り合っていたアントーニオ。
彼らは、既に持っていたそれらを、容赦ない残酷さで奪い取られていた。

喪失を埋めた者と、手の中にあったはずのものを喪失した者。
諦めていた愛を手にした者と、手に入れたはずの愛を失った者。
笑いさざめきながら、薄明の庭を駆け抜ける者と、その庭で一人闇に沈む者。

ラストシーン。
薄明に沈む庭に、それぞれの喪失を抱きしめながら、佇む三人の男。
そして、全てを知り、全てに関わり、全てを見つめてきたフェステ。
その4人が形作る少し歪んだ四角形。
静寂に満ちたその一瞬の美しさと残酷さに、なんだか泣きたい気持になりました。


うーん・・・なんだかわけのわからないことを書いちゃったな。
前に観た松さん主演の「十二夜」の時もそんな感じだったから、
「十二夜」という物語は、物語としての構造を頭で理解するよりも、
私にとってはもっとずっと観念的というか、形而上的なものなのかもしれません。

とりあえず、あの空間の肌に直接触れてくるような不思議な濃密さに魅了されました。


ちょこっとだけ、役者さんのことを。

主演の一人二役は音月さん。
元宝塚の男役さん、ということなのですが、双子の兄と妹、そしてその妹の男装を、
なんとも自然に演じてらっしゃったように思います。
とにかく、立ち居振る舞いが鮮やか!
ヴァイオラの時の芯が強くて明るくてちょっとおきゃんな感じはとても可愛らしかったし、
男装してシザーリオと名乗っている時の凛とした、けれどどこか危うい雰囲気は、
それはオリヴィアも惚れるしオーシーノも惑わされるよねー、という感じの色気がありました。
兄のセバスチャンはねー。
なんというか、無自覚な唯我独尊という感じ?(笑)
同じ男言葉を使っていても、シザーリオとは根本の部分で違っているのがすごくクリアに見えて、
さすがだなー、と思いました。

二人が再開するシーンは、最初入れ替わったのに気づかなくて、ほんとにびっくりしました。
遠目だった、というのもあるのかもしれないけれど、ほんとに同じ顔が二人に見えました。
演じられた真瀬さんも宝塚の元男役、とのことなのですが、
宝塚的形式美的なものが、余計に二人を似せていたのかなー、とも思ってみたり。
手を取り合った二人がくるくる回りながら、瞬時に入れ替わっていくわけなのですが、
凄くわかりやすくて正統派的な描かれ方なのに、びっくりするくらい鮮やかだったのは、
その形式美と、それから赤い帯(?)を持っている方がセバスチャン、という視覚的な手がかりに、
惑わされたからなのかなー、とも思いました。

実は、この日隣の席の方が音月さんのファンの方で、
始まる前に、音月さんのお写真を見せていただいたり、エピソードを聞かせていただいたりで、
舞台が始まる前から、なんて素敵な方なんだ!と思っていたのですが、
観終わってもその印象は変わりませんでしたね。
ちょっとだけあった歌声もとても綺麗だったので、いつかまた舞台で拝見したいなあ、と思います。


小西くんのオーシーノは、冒頭の気だるげな雰囲気が、重厚な衣裳ととっても合っていたように思います。
個人的には、こういう人物は後ろから蹴りと共に喝を入れたくなるんですが(え)、
そう思えるどこか浮世離れしたリアルさも小西くんならでは?
フェステの歌に合わせてシザーリオが歌うシーンで、
オーシーノがシザーリオに心惹かれて、思わず、という感じにその頬に触れて、
でもそういう自分に驚いて戸惑って、当初の目的とは別の方向に意固地になっちゃうところが、
見ていてなんとも微笑ましかったですv

中嶋さんのオリヴィアは、生々しいほど“女”だったなあ、と思います。
基本、凄く気が強くてしっかりした賢い女性で、でもってもの凄く自分の感情に素直。
優先順位がとてもクリアなのね。
そういう女性だからこそ、恋に落ちるときも一直線なんだろうなあ・・・
それが微笑ましいやら心配になるやら(笑)。
マルヴォーリオに対しても、最後はもうちょっといたわってやってもいいのでは、と、
この物語を見るたびに思うのですが、
このオリヴィアだったら、いたわりの言葉を書けただけでも花丸なのかも?(え)

橋本さんのマルヴォーリオはねー・・・(涙)
さすがの橋本さんのこれでもか!というほど作りこまれた在り方に、
こういう人が傍にいたらうざいだろうなー、とは思いつつも、
いつも全力で一生懸命なだけなのかもしれないな、と思うと、なんだか凄く愛しくなります。
オリヴィアやヴァイオラたちの幸せの裏側で、
愚弄され、踏みにじられた彼の矜持と愛情と誠意―――
それを思うと、なんとも胸が痛みます。
復讐するぞ、と彼は言っていたけれど、でもきっとそんな彼の気持ちの切実さは、
オリヴィアたちには届かないんだろうな。

同じように愛しくなるのは、やっぱり禅さんのサー・アンドルーですかねー。
やっぱりうざいんだけど(え)、でもって確かにおバカなのかもしれないけど、
気持ちの素直さというか、まっすぐすぎる感じが、観ていてはらはらしたし、
ちょっと待て!と引き留めたくなっちゃいました。
彼が受けたのは体の傷だけではなく、信頼への裏切りという心の傷もあって・・・
終盤、まさに大団円、というような中央の盛り上がりから、
いつの間にかひっそりと外れて、上手の壁の前で一人佇む姿と、その虚ろな表情に、
ちょっと意識を持っていかれました。

山口さんのアントーニオは、唐突に出てきて、唐突にセバスチャンへの愛を語るんだけど、
それがまるで当然のことのように感じられてしまう、見事な存在感でございました(笑)。
そんなに熱い想いを、ほんとにストレートに伝えてるのに、セバスチャンは全然気づいてないし!
きっと、二人の気持ちの足場は、根本的に違ってるんだろうなー。切ない。
セバスチャンがオリヴィアという伴侶を得た今、
アントーニオが捧げるものは全てセバスチャンには不必要なもので・・・
受け取り手のいないその想いの重さを抱きしめるかのようにうなだれるその姿に涙を誘われました。

壌さんのサー・トービーと西牟田さんのマライアの熟年カップルは、
ベターハーフというか破れ鍋に綴蓋というか・・・なんともバランスがいいなあ、と思ってみたり。
壌さんの酔っぱらいっぷりは、おかしいやら腹立たしいやら(笑)。
無駄に美声なところも、苛つく!とか思っちゃったんですが、これも演出なんでしょうねー。
マライアは、黒のドレスに鮮やかな色合いの模様が入っているのが、すごくらしいなあ、と。
彼らと、マルヴォーリオの間には、たぶん深い溝があったんだと思うし、
きっとマルヴォーリオの「常に自分が正しい」的なところが、彼らを刺激したんだろうけど・・・
うーん、やっぱりどんなにこの二人が魅力的でも、やっぱりちょっと受け入れがたいかな。
「NINAGAWA十二夜」を観た時は、マライアかっこいい!って思ったんですが・・・
今回の舞台の二人は、ちょっとリアルすぎるというか生々しすぎたのかも。

美声と言えば、青山さんのフェイビアン!
この役の立ち位置っていまいち理解できないんですが、
静かに響く声がなんとも素晴らしくて聞き惚れちゃいましたv

そして、魅力的な声、と言ったら、成河さんのフェステも素晴らしくv
というか、この舞台、成河さん大活躍!
台詞回しも、動きも、歌声も、ギターの演奏も、そして、繊細な表情での深みも・・・
この舞台、というかシェイクスピアの物語って、
とにかく台詞で韻を踏みまくってたり、言葉遊びがたくさんなのですが、
フェステの台詞は、音楽みたいな流れるような滑らかさがあるのに、
一個一個の言葉が明確な輪郭で伝わってきてびっくりしました。
この道化の役って、成河さんのためにあるのでは?!とか思っちゃった(笑)。
幽閉されたマルヴォールオを翻弄するときの、
司祭さまの真似との瞬時の入れ替わりも凄かった!
あの動きをしながらあの声音の変化ができるって・・・うーん、凄い!!
久々に聴いた歌声も良かったなー。
途中のしりとり歌(なの?あれって・・・)の3人のハーモニーはめちゃくちゃ綺麗で贅沢でしたv
普段話す声は低くて、歌声は高い、という人は多いけど(って、私の好きな人がそうなだけかも)、
成河さんの場合、話す声が甲高いのに、歌声はとてもまろやかで優しいんですよね。
その歌声での最後の歌は、なんだか泣けちゃうくらい響いてきたなあ。

かつて喪った者と、今喪った者が交錯するこの物語の中、
フェステはいったいどちらに属するのだろう?
もしかしたら、どちらにも属さないからこその、道化のフェステなのかもしれないな。


一回きりの観劇だと、やっぱり見落としていることが結構ありそうだな。
それぞれの役柄を、もっと深く観ることができたらもっと面白かったと思います。
今回は残念ながらもう観ることはできないのですが、
その代り、松岡さんの戯曲を手に取ってみようかな、と思っています。
でもって、いつか再演された日には、もっとこの薄明の庭のもっと奥深くに踏み込めたらいいなあ。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
恭穂さま
>成河さんの場合、話す声が甲高いのに、歌声はとてもまろやかで優しいんですよね
ここにめちゃ食いついた(笑)スキップでございます。
成河さんの台詞のあの甲高い声が苦手だなぁと
いつも思っていたのですが、フェステの歌声はとても
まろやかでステキで、そうすると台詞の声もあまり
気にならなくなってきました。
フェステもそうですが、シェイクスピア作品の道化って
あれくらい何でもできる役者さんがやるものなんだな
とも思いました。

演出や舞台装置もステキでしたし、私も機会があれば
もう一度観たかったです。
スキップ
2015/04/26 11:43
スキップさん、こんばんは!
お返事が遅くなってしまってすみません。
そうなんですよねー、歌声に魅了されたら、話す声も素敵に聞こえるというか(笑)。
ほんとにスキルの高い役者さんですよね。
アドルフで、洋さんとどう対峙してくれるのか、今からとても楽しみだったりしますv
「十二夜」自体もほんとに素敵な舞台だったので、ぜひ再演して欲しいなあ、と思います。
そうなったら通っちゃいそうですか(笑)。
恭穂
2015/04/28 23:40

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