瓔珞の音

アクセスカウンタ

zoom RSS “人”という病

<<   作成日時 : 2015/07/30 23:38   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

ただひたすらに誰かに向かっていく想いも。
根こそぎ奪ってしまいたいという切望も。
生きるために裏切ってしまった愛情も。
喪失の果てに生まれた憎しみも。
憎しみが失わせた理性も。
慟哭の果ての虚無も。
それでもどこかに残っている信頼も。

全部、全部、“人”であるという病。


「トロイラスとクレシダ」

2015.7.20 マチネ 世田谷パブリックシアター 2階A列10番台
2015.7.25 マチネ 世田谷パブリックシアター 1階H列10番台

作:W/シェイクスピア
翻訳:小田島雄志
演出:鵜山仁

出演:江守徹、吉田栄作、浅野雅博、木津誠之、浦井健治、神野崇、若松泰弘、内藤裕志、廣田高志、
   渡辺徹、鍛冶直人、石橋徹郎、横田栄司、櫻井章喜、今井朋彦、鵜沢秀行、岡本健一、斎藤志郎、
   小林勝也、植田真介、宮澤和之、松岡依都美、荘田由紀、𠮷野実紗、ソニン、芳垣安洋、高良久美子


3年前に蜷川シェイクスピアのオールメールシリーズで上演されたこの演目。
今回は鵜山さん演出、浦井くんとソニンちゃんがタイトルロールということで、
これまた楽しみに劇場に向かいました。
内容的には決して楽しいものではなくて、むしろ私的には恐怖ややるせなさが残るお芝居なのですが、
やはりとても見ごたえのある舞台でした。

一番印象的だったのは、やっぱり蜷川版との違いでしょうか。
同じ物語であるはずなのに、受ける印象も、後に残るものも、当然とはいえ驚くほど異なりました。
誤解を覚悟で端的に行ってしまえば・・・

蜷川版は少女漫画、鵜山版は少年漫画。
蜷川版はフィクション、鵜山版はドキュメンタリー。
蜷川版は斜陽、鵜山版は夜更け。
蜷川版は解放、鵜山版は閉塞。

という感じでしょうか・・・うーん、曲解が過ぎるかな(笑)。

舞台は、コロッセオを模した円形の急な階段に囲まれた、傾いた楕円形。
客席で演じる部分もあったりして、客席との境界はとても曖昧。
そんな舞台の上にあるのは、上方からぶら下がる、赤と白、2枚の大きな布。
その2枚の布が様々な形で舞台を彩るのですが、
特に白い布は、光の当たり方で純白にも汚れきった色にも見える感じ。
その布を動かすたびに聞こえる、柔らかさよりも乾燥や頑なさや脆さを感じさせるかさかさという音。
時に鼓動のように、時に足音のように、時に雷鳴のように、時に叫びのように聞こえる様々な打楽器の演奏。
軍服に鎧をまとうトロイ軍の衣裳に、
迷彩柄に色鮮やかなキャミソールや毛皮のコートが混じるギリシャ軍の衣裳。
その、時空の混乱したような舞台の上で紡がれたのは、若い男女の激動の恋愛物語であると同時に、
長い歴史の中のほんの短い時間を切り取って、そこに渦巻く人間の思惑や抑えがたい感情のやり取りの、
忠実で生々しい再現のようにも見えました。
捕虜の衣裳がオレンジのつなぎなのは、ちょっとあまりにも生々しくてどうしようかと思ったけど・・・
そこには、多分強いメッセージ性があったのだと思うのですが、
個人的には描かれる感情の全てが、“人”としての逃れられない業のように感じられたり。
受け入れがたい感情や思考もたくさんあるのだけれど、
そういう流れに行ってしまうのも納得しちゃうというか・・・
この辺は、やっぱり役者さんの演技の説得力であり、
私が舞台に向かい合う時のスタンスなんだろうな、と思ったり。


トロイラス役の浦井くん。
クレシダを前にした時の恋する青年としての浮き立つ感じと、
王子として父王や兄、臣下や敵と向き合う時の凛とした姿のふり幅が非常に興味深く。
クレシダとのシーンは決して多くはないのだけれど、
考えすぎて(一時的にだけど)及び腰になっちゃうクレシダとは対照的に、
凄くまっすぐに彼女に向かい合っている感じに、観ていてちょっとドキドキしてみたり(笑)。
想いを確かめ合った翌朝に、クレシダはギリシャへと引き渡されるわけなのだけど、
イーニーアス(若松泰弘)からその事実を告げられた瞬間に、すっと王子の顔に戻るのね。
クレシダを渡したくない、という気持ちは確かにある。
でも、この捕虜との交換が、トロイにもたらす利益とか意味とか、そういうのを多分すっと理解している。
そして、これが国として拒否できないことであるならば、その上どうやってクレシダとの愛を貫くかを考える。
そういう意味では、もの凄く賢くて理性的な王子なのかなー、と思ったり。
だからこそ、クレシダとダイアミディーズ(岡本健一)の求愛を受け入れてしまうクレシダを見ている時の、
あの懊悩と、その後の叫びからの静寂、
そして戦闘シーンでの激情からラストシーンに至る鮮やかな感情の変貌に、
なんだかもう目が離せない感じでした。
ラストシーンでは、座り込む彼の周りに沢山の白い人形(段ボール?)が落ちてくるのですが、あの時の表情、もっと良く見たかったなあ。
クレシダの手袋を捨てる時の横顔に、ちょっと涙しそうになりました。
それにしても、あの戦闘シーンはほんとに大迫力でした。
これは剣も折るよねー、と思っちゃった(笑)。
浦井くんも岡本さんも、お怪我なく大千秋楽まで戦い抜いてほしいなあ、と思います。


ソニンちゃんのクレシダは、期待以上にお似合いで!
出てきたときのあの可愛らしさには、思わず感嘆の声を上げそうになっちゃいましたよ。
濃い色合いばかりの舞台の中で、あの真っ白の衣裳のインパクトはすごい!
トロイラスに心を奪われていく様子もとても可愛らしかったし、
その後いろいろ考えてぐるぐるなっちゃうとことがまた可愛らしくv
トロイラストの愛の誓いの時に、予言的な言葉を言ったりもするのだけれど、
その言葉の真意の潔さに、彼女の賢さと、だからこその不器用さが感じられました。
ギリシャに行ってからのクレシダの選択については、私は心変わりとは感じませんでした。
彼女は、一貫してトロイラスを愛していると思った。
それでも、敵陣の中で生きるために彼女はああせざるを得なかった。
ギリシャ陣営で、最初に受けた仕打ちは、
そうさせるだけに十分な暴力性が肉体的にも精神的のもあったと思うし、
たぶん、父との再会と対話の中で、父がクレシダにその選択を懇願したりもしてたんじゃないかと思う。
道具のようにやり取りをされ、傷つけられ、打ち砕かれ、追い詰められた状況の中で、
クレシダは生きることを選ばないわけにはいかなかった。
そのためには、ダイアミディーズの求愛を受け入れるしかなかった。
そして、そうなったからには、トロイラスを愛している自分自身を封印するしかなかった。
あの、「さよなら、トロイラス」は、そういう意味での別れの言葉だったんじゃないかな。
静かな哀しみと、抑えきれない愛情と、そして圧倒的な諦念に支配された「さよなら」。
このシーンで、客席からは笑いが起きていたけど、私は笑うことができなかった。
愛を貫いて死を選ぶこともできない彼女の賢さ。
自分の心を欺くことのできない彼女の不器用さ。
それが、なんだか哀しくて仕方がなかった。

彼女の“心変わり”を目撃したトロイラスは、「あれはクレシダであってクレシダではない」と叫びます。
ある意味、その叫びは本質をついていたのではないかと思う。
トロイラスが、そう感じていたのかどうかはわからないけど―――


岡本さんのダイアミディーズは、なんというか、凄く要領のいい人だなあ、と。
ギリシャ陣営での立ち位置も、基本寡黙でありながら抑えるところは抑えてる、という感じ。
クレシダとのやりとりも、ほんとに駆け引き、という感じ。
トロイラスの服の袖を介してのやりとりも、
たぶん彼はその袖が誰のもので、クレシダの中でどんな葛藤があって、
その上で、自分が優位に立っていることまで、ちゃんとわかっていての行動だったんだろうなあ。
それにしても、その袖をつけて戦場に行くって、もの凄い挑発(^^;)
この物語は、トロイ戦争の最後までは描かれないのだけれど、
あのあとダイアミディーズはクレシダを大切にしてくれたのかな・・・?
とてもそうは思えない雰囲気が彼にはあったように思います。
ポストトークの時の岡本さんはめちゃくちゃ気配りさんでジェントルだったですけどねー(笑)。


ダイアミディーズとは対照的に、いろいろ策を練ってるけど、基本いい人な印象だったのが、
今井さん演じるユリシーズ。
いや、単純に私がユリシーズという役が好きなだけかもしれないけど(笑)。
ヘクターに対しても、トロイラスに対しても、ちゃんと誠意があった気がするなー。
むしろ、味方に対しての方が辛辣だったかも(笑)。


アキリーズ役の横田さん・・・いやー、本気で目を疑いました!
凄いよ、あのビジュアル!
この役って、ほんとに理性がない感じの役なんだけど(おい)、
あの、粗暴さと繊細さがちゃんと同居してる感じで、且つテンションのふり幅が大きいところはさすが!
最前列のお客さんに絡むシーンがあったのだけど、あれ、絡まれた人怖かったろうなー。
客席脇の通路に佇んで、舞台上のやり取りを見ているシーンでは、
視界の端っこに引っかかってるだけなのに、凄い存在感でした。
パトロクラスの死をきっかけに、陽から陰に一気に傾いていくのですが、
トロイラスの迸る激情とは対照的に、
どんどん深く静かに暗闇に沈み込んでいくかのような怒りと悲しみと憎しみの発露がとても印象的でした。


ヘクター役の吉田さんは・・・初見、かな?
智も武も仁も秀でた武将、という立ち位置も納得な凛々しさ。
でも、その硬質な凛々しさに、どこか脆さも感じられたのは私だけかしら?
ギリシャへの挑発も、一騎打ちも、その後の約束の戦いへ向かうところも、
なんというか、ちょっと違和感のようなものが感じられました。


浅野さん演じるパリスと、石橋さん演じるメネレーアスは、
ヘレン(松岡依都美)を奪った男と奪われた男という関係。
このお二人の二人芝居に感銘を受けた身としては、
この配役に「鵜山さんありがとう!」と内心思ったよね(笑)。
パリスは、ヘレンとのバカップルっぷりが素晴らしくv
欲望に忠実な風でありながら、個人的には、この兄弟の中で一番強かなんじゃないかな、と思ったり。
メネレーアスは、ちょっとヘタレで情けない感じなのだけど、
ペンダントにした宝石(ヘレネの指輪とか?)に話しかけるのが微笑ましくv
後半の戦闘シーンで、この二人が客席でやりとりする場面があるのですが、
このシーンは素直に笑うことができたな。
一人の女を挟んでのどろどろした関係のはずなのに、
なんだかこどもの喧嘩みたいで微笑ましかったです(笑)。
 

松岡さんのヘレネは、ビジュアル的にはマリリン・モンローなのかな。
彼女は、自分がこの戦争の理由の一つにされてしまっていることも、
ギリシャ・トロイ両陣営で蔑まれていることもわかっている。
わかっていて、それでもなおあんなふうに艶やかに微笑むのは、
彼女の賢さであり、矜持であり、強さでもあると思う。
真っ赤な衣裳と共に、短いシーンでとても鮮やかな印象を残してくれました。


この物語は、小林さん演じる序詞役の物語背景の説明から始まり、
斜陽のトロイで、戦ではなく病で死んでいこうとしているパンダラス(渡辺徹)の独白で終わります。
明るく軽やかで、ちょっと下世話だけど情の深いパンダラス。
そんな彼が、ラストシーン、絶望とやるせない苛立ちのままに立ち去っていくトロイラスに取り残され、
紙の人形とダンスをするようにしながら歌う姿。
観客を呪うように毒づく姿。
そのまま力なく崩れ落ちる姿。
白い光の中で、影に沈んでいくその姿を見ながら、“欲望という病”という言葉が頭に浮かびました。
“人としての病”、“人であるからこその病”と言ってもいいかもしれない。
この舞台で描かれた、沢山の生々しい感情。
プラスとマイナスが表裏一体の、感情。
それはもしかしたら、人間の誰もがその身の内に携えている“人”という不治の病なのかもしれません。
そして、その“病”があるからこそ、人は人として生きていけるのかもしれない。


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
“人”という病 瓔珞の音/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる