瓔珞の音

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zoom RSS 終焉の鐘

<<   作成日時 : 2016/09/22 20:45   >>

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その舞台の上に在ったのは、
一つの季節の終わり。
一つの恋の終わり。
一つの命の終わり。
そして、一つの時代の終わり。


「クレシダ」

2016.9.17 ソワレ シアタートラム D列一桁台
2016.9.18 マチネ シアタートラム J列10番台

作:ニコラス・ライト
演出:森新太郎
出演:平幹二朗、浅利陽介、碓井将大、藤木修、橋本淳、花王おさむ、橋洋


物語の舞台は、シェイクスピア没後20年ほどのイギリス。
舞台の上に女性が上がることは許されず、女性の役は少年たちが演じていた時代。
かつて少年俳優として名を馳せていた老俳優シャンク(平幹二朗)の下に、
一人の少年が訪れるところから物語は始まり、動きだします。
様々な打算の中、その少年スティーヴン(浅利陽介)に、少年俳優としての演技指導を行うシャンク。
その厳しい指導に食らいついたスティーブンは、
「トロイラスとクレシダ」で見事にタイトルロールを演じ切ります。
けれど、それはシャンクの望んだものとは、全く異なる結果へとつながっていき―――

という感じの物語。
いわゆるバックステージものらしく、舞台のシーンは全くなくて、
舞台の終わった後、舞台の始まるまで、俳優たちの日常、シャンクが積み重ねた時間や築いてきたもの、
彼を取り囲む少年俳優たちそれぞれの持つ想いや葛藤、そして彼らの関係性・・・
そういったものが、鮮やかに、軽やかに、けれどとても濃密に描かれていました。
冒頭、天窓から光の降り注ぐシャンクの部屋から、
一瞬にしてグローブ座へと場面が変わるシーンの高揚感から、
最後、舞台の上に一人残ったスティーヴンが、愛おしむように古い台本をを見つめるラストシーンまで、
本当にずっと舞台の上の彼らの物語に引き込まれていて、
その距離感の近さに、終演後ちょっと呆然としてしまいました。

その軸になっていたのが、やはり平さん演じるシャンク。
かつての名俳優で、今は少年俳優たちに指導しながらグローブ座を切り盛りしていて、
でもちゃっかり俳優養成所に払われるお金を着服してたり、
演技指導を弟子(?)の俳優に丸投げしたり、
その借金を返すために、弟子にした少年を競売に掛けようとしたり・・・
あれ? なんだか凄く酷い男みたいに見えるな(笑)。
でも、やっていることには眉をひそめてしまう感じでも、平さんの演じるシャンクはとっても魅力的でした!
なんというか、じめっとした感じが全然ないんです。
明るくて、軽やかで、愛嬌があって、身勝手なのに憎めない―――そんな感じ。
この舞台に出てくる人たちは、一人を除いてみんな少年俳優か、少年俳優だったことのある人たちなのだけど、
彼らのやり取りの雰囲気や、纏う空気感からも、
一番年上(だよね?)で、今は女性役をやっていたという面影もないシャンクが、
かつて少年俳優であったことがすんなりと感じられるような気がしました。

劇中、何回かシャンクがかつて演じた舞台の台詞を言うシーンがあるのですが、
スティーヴンに演技指導をするときのクレシダの演技、息を呑んで見つめてしまいました。
あの瞬間、私、多分スティーヴンとリンクしてた気がする。
既に忘れ去られた演技の方法を取り入れて演じられるクレシダ。
その直前、スティーヴンがやったときには、クスッと笑ってしまうような感じだったのに、
シャンクのその動き―――挙げられた手、指先の僅かな動き、それに導かれる視線、
そして、決して女の声ではないしゃがれた男の声が紡ぐ言葉が導き出す、
一人の“女”のはっきりとした存在感は、もう圧巻でした。
伝統的な「型」というのは、正しく演じられると、こんなにも明確な輪郭を与えるのか、と思った。
けれど―――
シャンクの薫陶を得て、その「型」を取り入れたクレシダを創り上げたはずのスティーブンが、
舞台の上で演じたクレシダは、シャンクの想定していたものではありませんでした。

少年が、女を演じる。
白粉を塗り、目の上を青く塗り、頬を赤く染めて。
けれど、そこにいるのは“女”ではなく、あくまで少年らしさを基盤とした、少年が演じる女で。
観客はそれを観に来るのだと、それが求められる姿なのだとシャンクは言った。
そう繰り返し教えられたはずのスティーヴンが観客に見せたのは、
あくまでも“女”であるはずのクレシダでした。
そして、観客はそれを受け入れた―――それは、一つの時代の終わりでもあった。


浅利くん演じるスティーヴンは、物語の中でどんどん印象が変わっていく存在でした。
女性の格好をすることが好きで、それゆえにいじめられ、親に捨てられた過去を持つ少年。
自分を守るために、構音障害の演技をし続ける、いつもお腹を空かせたおどおどした少年。
舞台の上、ハニー(橋本淳)が演じるタイターニアを観たことで、
自分の生きる場所を見つけ出し、その場所へ行くために勇気を出した少年。
そんな彼が、ハニーたち少年俳優と出会い、
クレシダという役と出会い、
シャンクの演技指導を受ける中で、鮮やかに変貌していきます。
最も変化の大きい10代の少年の数か月間を、その変貌で見事に表していたように思いました。
結果として、彼の創り上げたクレシダは、
意図せずして、少年俳優という彼自身の未来の崩壊の端緒となるわけなのだけれど。

少年が演じる、という基盤を取り払い、一人の“女”として演じたスティーヴン。
伝統的な「型」とは異なる、リアルな女としてのクレシダを演じたスティーヴン。
その説得力を観客は受け入れ、歓声を浴びせた。
それは、今はスティーヴン一人に対する称賛かもしれない。
けれど、それは“少年が演じる女”ではなく、
“女が演じる女”が求められる時代の始まりであることを、シャンクは理解していた。
少年俳優の時代の―――自らが生き、創り上げてきた時代の終焉を前に、
シャンクはスティーヴンを叱り、拒絶することで抗おうとします。
けれど、同時に彼はその終わりを受け入れていた。
彼の最後の独白の中、朗らかな声で、両手を広げて言われた、「ようこそ女性たち!」という言葉。
その言葉に至るまでの、彼の葛藤、諦念、覚悟、哀惜、希望・・・そんな混沌とした感情が、
その明るい響きの中に感じられて、
スポットライトの端の薄闇で、彼を見つめる二人の少年俳優の表情―――
スティーヴンの、食い入るようにシャンクを見つめる真面目な顔、
そして、ハニーの皮肉そうな笑みを刻む口元とは裏腹の、慈しむような視線と相まって、
その終わりの切なさに、涙が溢れました。


ハニーを演じた橋本くんは、初めて観る役者さんでしたが、とても素晴らしかったです!
綺麗でかっこよくて強くて繊細!
宝塚の男役を彷彿とさせるようなその存在感に、これはスティーヴンも惚れるわ、と思いました(笑)。
すっと背を反らした感じの立ち姿がとても美しくて、まず目を引かれ、
スティーヴンの言葉をなおす手伝いをするときの、おきゃんで面倒見の良い感じに好感度アップし、
シャンクに対する複雑な感情―――尊敬や反発心、怒りや甘え、情の深さに心惹かれ、
時分の花である少年俳優ではい続けられない自分へ向き合う姿に目を奪われ・・・
すみません、なんだか普通にファンになった感じだわ(笑)。

少年俳優のトップとして何年も舞台の中心にいたハニー。
高くなる背、低くなる声、骨ばっていく手―――止めることのできない自分の変化を、
一番感じていたのも彼自身だった。
少年俳優という、一つの季節の終わり。
奔放な生活は、そんな現実を見ないための逃避だったのかもしれないし、
もしかしたらその先の“自分”を見つけるための足掻きだったのかもしれない。
だって、彼の周りには“かつての少年俳優”がたくさんいる。
演技指導として舞台に固執し続けるシャンク。
衣裳係として裏方に徹するジョン(花王おさむ)。
劇場の支配人として、役者たちを締め付ける立場となったディッキー(橋洋)。
そして、彼の存在を脅かすスティーヴンが現れた。
スティーヴンに意地悪し、反発しながらも、
彼の成功を喜び、その演技を知って学ぼうとする時のハニーの表情は、
本当に演劇が好きなんだなあ、としみじみ感じられる明るさと真摯さがあって。
だからこそ、余計に、その直後ディッキーに引導を渡されるシーンは胸に迫りました。
「わかっていた」と言いながら、舞台の端っこで膝を抱えて号泣するハニー。
波打つ背中が徐々に静まっていくその過程を見つめていたくて、
舞台中央ではシャンクとディッキーが重要なやり取りをしているのに、
どっちも観たくて久々にちょっと舞台を観ながら混乱しました(笑)。
その直後の、シャンクの異変を感じて上げた顔の真っ赤になった目にもぐっときたけど、
シャンクに駆け寄るときや、彼の意をくんでスティーヴンの手を引いて去るときの表情も良かった。
シャンクを守ろうとして剣をとったり(あっさり突き飛ばされたけど(^^;))、
最後の独白を見つめるときの表情とかからも、
シャンクとハニーがどんな関係を築いてきたのかが感じられて、印象的でした。

印象的といえば、ハニーとスティーヴンのシーンも。
二人きりで話すシーンは3回あるのだけれど、二人の関係性がその都度変わっているのが面白かった。
主には、スティーヴンの変化ではあるのだけどね。
最初の時は、ハニーに心酔したスティーヴンの舞い上がり方が可愛くて、
ハニーの微笑ましいものを見るような笑みも優しくて、私も一緒に笑顔になっちゃう感じでした。
2回目は、もろもろでちょっとやさぐれたハニーに、スティーヴンが恋愛相談するシーン。
恋愛相談というか、告白か(笑)。
自分を好きだというスティーヴンを諭すハニーは、もの凄い大人の顔をしていたなあ、と思う。
小さな子どもに言い聞かせるような言葉、あれは、もしかしたら自分が言われたことだったのかな、とか(え)。
そして最後。
ロザリンドの衣裳を着たスティーヴンと、男役(ちょっと違う?)として歩み始めたハニー。
相変わらず自分を称賛の眼差しで見つめるスティーヴンに、ハニーは結婚の報告をするわけなのですが・・・
いやもうあのシーンの甘酸っぱさに、おばさんどうしようかと思っちゃいましたよ!(笑)
「どんな人?」という問いに対する、「ドレスを着た君に似ている」という台詞も、
その時の柔らかな笑みも、次の瞬間スティーヴンに贈られる淡いキスも、
その後朗らかに笑いあう二人の笑顔も―――なんというかそのまま永久保存したいような素敵なシーンでした。
ハニーがスティーヴンをどう思っていたのかはわからない。
君に似ている、という台詞も本当なのかはわからない。
でもあのシーンは、「始まってもいなかったかもしれない恋」の終わりにふさわしい、
爽やかな瑞々しさがあったように思いました。


少年俳優の終わり、ということを中心に見せてくれたのはハニーでしたが、
少年俳優の日常、というものを見せてくれたのが、
碓井くん演じるグーフィーと、藤木くん演じるトリッジだったかな、と思います。
少年俳優4人がわちゃわちゃしているシーンは、
中学生男子か?!と言いたくなるような雰囲気が微笑ましくv
碓井くんは「ピアス」の物静かな雰囲気のイメージだったので、
わーっとまくしたてるような勢いにちょっとびっくりしました。
本が好き、という設定のようで、本を持ってくるシーンもあるのだけど、
トリッジに台詞の解釈や言い方について突っ掛かったりしているのをみて、
理詰めの頭でっかちな感じの俳優なのかな、と思ったり。
ディッキーに不眠症の薬になるくない退屈、って言われてたけど・・・どうなのかな(笑)。
でも、彼のカッサンドラは結構嵌り役なんじゃないかな、と思う。

藤木くんは初めて観る役者さんですが、とにかく元気いっぱいのやんちゃさが可愛かったですv
それほど広くない舞台を、所狭しと駆け回り跳ねまわり(笑)。
立ち方が独特な感じだったのだけど、あれにはどんな意味が込められてたのかなー。
グーフィーとは違って、勢いと感覚で動く(で、舞台をめちゃくちゃにするらしい・・・)役者さんのようだけど、
二人のやり取りは凄く息が合っていて、観ていて気持ちがスカッとしました。
シャンクに対しても、あまり複雑な感情はないのかなー。
二人ともまっすぐ慕ってる感じで、それもまた微笑ましかったです。


花王さんのジョンは、衣裳係、ということですが、グローブ座の影の支配者的な?(笑)
いや、衣裳も小道具も、それからシャンクや役者たちの生活も、
実質的には彼が支えてる感じで、彼がいないと回らないんじゃないかなー、なんて。
少年俳優たちにも厳しいし文句も言うんだけど、彼らを見る目が優しいな、とも思いました。
食事の席の余興で、かつて彼が演じた台詞を言うシーンがあるのだけど、
シャンクと同様、彼もまた名俳優と言われた人物であったことがわかる滑らかさでした。
途中で台詞を忘れて落ち込む彼に、グーフィーたちが拍手をするのだけど、私も一緒にしたくなっちゃったv
というか、テーブルの上で演じる彼を見るグーフィーの表情が、なんだか凄く可愛かったです(*^_^*)


ディッキーを演じた洋さん。
堅物で現実主義な劇場の支配人、という感じの役柄なのですが、
もちろん、かつての少年俳優の気配もきちんと感じさせてくれました。
序盤、激しくまくしたてるシャンクの言葉を受け止めるとき。
いくらか明度を落とした照明に照らされたその顔は、仮面のように硬質で。
でも、その硬質さは、その下に在る傷痕を隠すためのもののようで。
遠くを見る眼差しに、ふと、彼に流れる時と、シャンクに流れる時の相違を感じました。
その後、反撃のように容赦なくシャンクの横領を暴き立て責めるわけですが(^^;)
青筋立てて溜息つきながらシャンクをあしらう洋さん、かっこよかったですv
シーンとしても、コメディタッチで楽しかったですしね。
二人の関係性は、少年俳優をやめた後に道をたがえてしまったのかな、と思ったわけですが、
終盤の二人の攻防、そして、傷ついたシャンクを抱き起し、寄り添い、語りかけるディッキは、
限りなく優しい微笑みを浮かべていて・・・

暖炉の前、脚本にひねくれた称賛を与えるシャンクと、
その脚本に自分の名前と賛辞を見つけた少年俳優の旬のただなかにあるディッキー。
ゆっくりと語られる言葉から喚起されるその光景は、
なんだか泣きたくなるほど綺麗で、暖かくて、儚くて―――

かつての二人は、ハニーとスティーヴンのようだったのかな。
堅実な道を選んだディッキーは、シャンクに裏切り者のように言われていたけど、
それはシャンクのための―――彼が舞台に関わりつづけるための選択だったのかな。
そしてシャンクも、それをわかった上で、それでも言わずにはいられなかったのかな。
そんな風にばーっと妄想が渦巻きました(笑)。

シャンクとディッキーのシーンは決して多くはないのだけれど、
舞台の上で描かれる以上の奥行きを感じさせてくれたように思います。
というか、平さんと洋さんが同じ舞台の上で演じているという事実そのものが、
私にとってはとんでもなく嬉しいことだったのでした。
「リア王」、見直したくなっちゃったなー。

ラストシーン、結婚の神ハイメンの効果と共に現れ、演劇の未来を言祝いだシャンクは、
そのまま舞台の上から姿を消します。
残されたのは、演劇の未来を―――一つの時代の終わりと、次の時代の始まりを託された二人の少年俳優。
シャンクの命が、そこで終わったのかはわかりません。
もしかしたら、あの寝台を舞台袖に運び込ませて、ビシバシダメ出ししたりする未来もあるのかもしれない。
でも、“少年俳優であったシャンク”あるいは、“かつての演劇を体現するシャンク”の命は、
あの瞬間に終わったのだろうと思う。

少年俳優という一つの季節。
一人の少年が胸に抱いた始まってもいないかもしれない恋。
少年俳優が女性を演じるという一つの時代。
そして、その時代を生き抜いた一人の男の命。

柔らかな鐘の音で始まったこの物語には、たくさんの“終わり”が描かれました。
それは、抗うことのできない時間の流れの中にあるもので。
でも、だからこそ、そこには確かに“未来”の気配があった。

そう感じられるラストシーンに、笑顔と一緒に涙が零れました。


当時の激情の様子やセットや小道具で表現されてるのが興味深いとか、
これまで見た二人のクレシダとシャンクのクレシダの印象の違いとか、
原田さんの照明は相変わらず素晴らしいとか、
森さんの演出に入る静寂がやっぱり好きだとか、
他にももっとたくさん書きのこしておきたいことがあったのだけれど、
久々に観劇記録を書いたら、以前にもましてわけのわからない稚拙な文章になっちゃったので、
ひとまずここで終了。
この記録からは伝わらないかもですが、本当に素晴らしい舞台でしたので、
もしこちらに迷い込まれて、少しでも興味を持たれた方がいましたら、ぜひご覧になってみてください!
私ももう1回観たかった・・・というか、映像化切望!
でもって、洋さん、次の舞台はいつですかー?(笑)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
恭穂さま
ご感想を読ませていただくと、いろいろな場面が蘇ってきて
また泣きそうになっています。
そんな中、ハニーがスティーヴンに結婚を報告するシーンは
本当に微笑ましくて可愛らしくて、何度でも観たくなりますね。

平幹二朗さんはじめ一人ひとりの役者さんは元より
脚本も演出も、恭穂さんが挙げていらっしゃるように照明とか
小道具とか、美術とか、本当に様々なものがピタリと
ハマって、すばらしい舞台になったんだなぁと思いました。

洋さん、次の舞台も早く発表されますように。
スキップ
2016/11/04 13:41
スキップさん、こんばんは。

私も観た後しばらくは、いろんなシーンを思い出して、
一人泣きそうになっていました。
スキップさんと一緒に観たかったです!
少年たちも大人組も、みんな可愛くてかっこよかったですねv
洋さんの次の舞台、本当に楽しみです。
スキップさんにも、洋さんの雄姿(?)をまた観ていただきたいです!
恭穂
2016/11/04 20:06

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