父の祈り

気が付いたら大好きな5月が終わっていました・・・
いろいろ楽しいことも大変なこともあったはずなのに、なんだかあっという間だったなあ。
年々、時間の経つのが早くなって、一瞬一瞬の濃度が薄まっていく気がしますが、
それって、人が生きていくためには必要なことなのかもしれないな、と思いました。

そして、それはたぶん、“彼”とは正反対の、生き方。


「モーツァルト!」

2018.6.2 マチネ 帝国劇場 1階G列20番台

出演:古川雄大、平野綾、和音美桜、涼風真世、阿知波悟美、武岡淳一、遠山裕介、戸井勝海、
   山口祐一郎、市村正親、朝隈濯朗、阿部誠司、奥山寛、後藤晋彦、後藤光葵、高橋卓士、
   高原紳輔、武内耕、田中秀哉、福永悠二、港幸樹、山名孝幸、秋園美緒、池谷祐子、石田佳名子、
   可知寛子、樺島麻美、河合篤子、福田えり、松田未莉亜、柳本奈都子、山田裕美子、小河原美空


というわけで、行ってきました、今期のM!
実は演出が変わっているというのを知ったのが観にいく二日前で(^^;)
これまでレミゼやサイゴンの演出変更に馴染むのに、結構時間がかかったので、
今回はどうかなあ、とちょっと戦々恐々としながらの観劇だったのですが、
思っていたよりも抵抗感なくすんなりと受け入れられたように思います。
もちろん、あのシーンがない!とか、あの歌が短くなった!とか、あの歌が台詞になった!とか、
観ながらいろいろ引っかかるところはあったのですが、
それを凌駕する新鮮さがあったように思います。
それは、セットの大幅な変更という、物理的視覚的な力技もさることながら、
やっぱり古川ヴォルフの在り方によるかなあ、と思ってみたり。
おかげで、これまでのM!観劇で、何とか辿り着けていた自分の中の答えが、
根本から崩されてしまいましたが(^^;)
もう一度この物語に一から向き合わなくちゃならないのか、という気の遠くなるような想いと、
わくわくするような感覚が同時に湧きあがって、結果、ちょっと嬉しくなりました(笑)。

とりあえず、今回は全部が崩された感じで、答えに至る道もまだ模索中、という感じなので、
物語そのものの感想ではなく、役者さんの感想をさらっといってみようと思います。


ヴォルフガング役、古川くん。
足長!顔ちっちゃ!めっちゃキラキラしてる!
すっごい素直で世間知らずで能天気で天然で考えなしな男の子!
なのに、いい意味でも悪い意味でも人を惹きつけ巻き込む魅力が駄々漏れで、
しかもそれに無自覚というやっかいさ!
でもって、こんな全開笑顔の古川くん、初めて見た!
・・・と、いろんな意味で驚きの連続でございました。
特にあの笑顔には、冒頭唖然としてしまいました。
これまで観たのが、ルドルフとかロミオとかロベスピエールとかだからねー(^^;)
冒頭、コロレドから追放を宣言されたときの、わーい!て叫びそうな嬉しそうな笑顔には、
お前、それは確信犯か?!とちょっと詰め寄りたくなりました(笑)。
そういう子どもっぽさは、結構最後の方まであったような気がします。
パパと完全に決別したあと、自分の腰くらいの背しかないアマデの後ろにうなだれながらついていく姿とか、
個人的にかなりツボに嵌りました(笑)。
それにしても、アマデと仲良し、というか対立関係にないのもびっくりしたなー。
1幕最後や2幕終盤では、アマデに対して恐れや怒り、拒絶といった感情も見えるのだけれど、
なんというか、最初から最後まで、アマデはヴォルフガングの一部で、それ以外のなにものでもなかった。
自分の中に在る天与の才。
それがもたらす栄光と挫折、幸福と絶望。
それは、けれどあくまで“自分自身”によるもので、それを彼らは自然に体現していた気がします。
もちろんこれまでのヴォルフガングたちにとっても、アマデは自分の一部だったのだけれど、
アマデはもっと得体のしれないもののような印象があったし、
あのラストシーンも、アマデを受け入れるとか取り戻すとかそういう感じがあった気がする。
でも、古川ヴォルフの最後は違った。
最後の、「だめだ、書けない」
か細い囁くような声。
絶望でも、諦念でもなく、ただ零れ落ちた言葉。
ああ、彼の中の音楽の泉はもう枯れ果てたんだと、素直に思えました。
小川原アマデがまた、とてもニュートラルな存在感で。
じっとヴォルフを見つめる凪いだ表所の横顔がとても綺麗でした。
あの羽ペンの動かし方の高速さ加減は恐ろしいほどだったけど(^^;)

ヴォルフの歌に関しては、まだちょっと硬さというか、足掻いている感じがあったかな。
古川くん自身が目指す到達点に至る途中、という感じの力みが感じられた気がします。
まだ始まったばかりだし、きっと彼はその到達点にいつか達すると思う。
でも、最後アマデと折り重なるように倒れ伏したときの胸板の薄さというか肋の出方に、
ちょっと心配になったのも確か(^^;)
もともと細い方なのだとは思うけれど、本当に身体に気をつけて頑張ってほしいです。


平野さんのコンスタンツェは、めっちゃかっこよかった!!
彼女も、自分自身からは逃れられなかった一人なんだなあ、と納得できる♪ダンスはやめられない でした。
ヴォルフを愛しているし、彼と共に歩む未来を望んでもいるけれど、
彼女は彼女自身でしか在り得ないんだと、納得させられちゃう感じ。
だから、その後彼らの心が離れて行ってしまうのも、
そして更には、マダム・ニッセンとして生きる“今”の彼女も、凄く自然だった。
アマデに―――ヴォルフの才能に敗北するのではなく、
彼はそういう男で、自分はそういう女で、それでも傍にいられれば良かったけど、それは無理なのだと。
ただその事実を受け止めてた感じでした。
この在り方が平野さんだけのものなのか、
他の二人もそうなのか気になるけど、他の二人は見れないんだよねー。残念!


涼風さんのヴァルトシュテッテン男爵夫人は、とにかくキラッキラでした!
いやもう物理的にキラキラ。
衣裳だけでなく、睫毛までキラキラしてて、ほんとに眩いばかりでした。
でも、これまでのような人外感というか、ファムファタル的な感じはなくて、
もっと俗っぽいというか、ヴォルフガングの才能に群がり搾取する一人という立ち位置だった気がする。
2幕冒頭の攻防がちょっと短くなっている気がするので、
(キャストも変わってる方、誰がどれで、というのが全然追いつかなかった(^^;))
男爵夫人のヴォルフへの向き合い方がちょっとわかりにくかったり、
皇帝陛下の前で演奏した後、親子喧嘩を始める二人に呆れたような顔で立ち去っていくのとか、
凄い他人事感があって、ある意味容赦なかった。
♪星から振る金 のシーンでは、反射的に泣けてしまうところは変わりないんだけど、
これまでよりもずっと現実的な誘い方だった気がするなー。

というか、このシーンは、親子の無言の攻防にほんと泣けた。
市村さんのパパがね、ほんとにこの歌に歌われるとおりの在り方だったんですよ。
ほんとに、このパパは、ただ子どもを守りたかっただけなんだなあ、ってしみじみ思った。
冒頭、「子どものままなら」とレオポルトが言いますが、このシーンで、
市村パパが一瞬遠くを見た後、目を伏せて硬く拳を握りしめるのね。
これまで、この言葉は“呪い”だと思っていた。
この言葉が、アマデを作りだしたのだと思っていた。
でも、今回は“呪い”ではなく、“祈り”だと感じました。
人の身で受けるには大きすぎる才を持った息子を、彼はただ守りたかっただけなのだと。
そう思うと、その後のレオポルトの行動の一つ一つが、
自らの保身でも、名声でも、投影でもなく、ただヴォルフを守るための行動に見えた。
しかも古川ヴォルフがまた、そうさせるに値する幼さだったので。
でも、それはヴォルフには全然伝わってなかったんだよね・・・(;_:)
あくまで、息子を守るためのパパの行動が、言葉が、
ヴォルフにとっては自分を理解してくれないが故の枷でしかなかった。
それは、ほんとにどの親子でもあり得ることで、だからこそ根が深いんだよなあ、とも思いました。

和音さんのナンネールもそう。
弟思い、父親思いの良い姉であり、娘であり。
だからこそ、彼女が当然のようにヴォルフに求めるものを彼が理解しないことが、
彼女にとっては凄く辛いことだったんじゃないかなあ、と思う。
それでも、彼女は決してヴォルフの才能から搾取しようとはしていないんだよね。
彼の才能がもたらす夢のような暮らしを夢想しはするけれど、
それはあくまで“家族”としての暮らしであった、ヴォルフガングから搾取するものではなかったと思う。
そんな普通のお姉ちゃん、という感じだったので、ラストシーンの笑みにはちょっとびっくりした。
あの小箱を手に取って、その蓋を開けて、溢れ出る光と音楽の中で、うっすらと笑うナンネール。
それが、弟の才能への姉としての笑みだったのか、
彼女自身がその小箱を持つに値する、“奇跡の少女”であるからこその笑みだったのか、
それはわからないけれど・・・
でも、あの小箱は彼女の手には与えられなかったし、
だからこそ彼女は夢のような暮らしではないけれど、現実の“幸せ”な暮らしを手に入れたのかなと思う。


シカネーダーは遠山さん。
吉野さんの印象があまりにも深く刻み込まれているので、どうかなー、と思っていたのですが、
めっちゃかっこよくって強かなシカネーダーでした!
仮面舞踏会のシーンのダンス、ヴォルフの古川くんと一緒にめっちゃかっこよくて目を引かれました。
普通にヴォルフガングとお友達関係も構築しているというか、
悪い道に引っ張り込む悪い大人ではなくて(え)、
彼の才能と一緒に歩んでいく存在というか・・・なんというかほっとする存在だった。


山口さんのコロレド大司教様は、安定の存在感。
あの長いマントをばさーっとするの、無意味な動きでもかっこいいから全然OKって思うよね(笑)。
馬車での某シーンがなくなって、終盤ヴォルフとの歌が1曲追加になってました。
あの曲は、まだ自分の中でちょっと納まりが付かないけど、
とりあえず、銀喬で長身の二人が対峙するのは、凄い迫力でした。
6列目でもそうなんだから、最前列の人は大変だったと思う(^^;)

それにしても、あの銀喬の破壊力は凄まじいですね!
本の1~2mの差だと思うのだけれど、
古川ヴォルフのキラキラっぷりも、苦悩っぷりも、悲嘆っぷりも、
めっちゃ近くで感じられたように思います。
ピアノ型のセットの自由自在さも面白かったなあ。
最後、斜めになった蓋の奥からヴォルフとアマデが出てきたのには、ロナン?!ってちょっと思いましたが(^^;)
映像を使ったり、周囲の二重の枠が動くのも、いろんなニュアンスが伝わってきました。
これは是非2階席から観てみたいけど、今回はあと1回しかチケットないんだよね。
でも、しばらくはこの演出が続くのだろうと思うので、次回公演を今から楽しみにしていようと思います。

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