鼓動

僅かな灯りが二人を浮かび上がらせる空間。
その空間を満たしていたのは、

死への恐怖。

死への憧憬。

死へ切望。


―――生への、希望。



リーディングドラマ「シスター」

2018.9.2 マチネ 博品館劇場 M列10番台  出演:木村花代・荒牧慶彦
2018.9.2 ソワレ 博品館劇場 F列一桁台  出演:篠井英介・橋本淳

作・演出:鈴木勝秀



以前からずっと観たいと思っていながら、なかなかご縁がなかった舞台を観てきました。

薄暗い舞台の上。
僅かな灯りの中に浮かび上がるのは、木製のテーブルと二脚の椅子。
テーブルの上には、二組の水差しとコップ。
その椅子に座るのは、ゆっくりと歩み出てきた“弟”と“姉”。
薄闇の中、ゆっくりと繰り返される言葉は、いつしか乖離して行き―――
ぱっと二人に照明が当たった途端、“姉”と“弟”の会話が始まりました。
しっかりした姉が、ちょっと頼りない弟を心配して彼の生活を確認するような、
そんな良くある会話に、いつしか一つの気配が紛れ込みます。
―――死の、気配。
弟が書こうとした、遺言状。
その遺言状の隠し場所。
死ぬことは怖くないけれど、死に至るまでのいろいろが怖いという弟。
理想の死。
避けたい死。
死んだ後のあれこれ。
生まれ変わったらなりたいもの。
死んだ後でも、怖いこと―――
弟の言葉を、時に笑い飛ばし、時に一緒に考える姉は、けれどこの世のものではなかった。
弟が生まれる前に、3歳で海の事故で死んでしまった、顔も知らない姉。
弟が“死んでしまった姉”の存在を知る前から彼の前に現れ、
彼の理想の姿をとり、彼と共に年をとっていく、姉。
死後、たった一人だけコンタクトをとれる相手として、弟を選んだ、姉。
交わされる会話の中で、明らかになっていく弟の歩んできた人生、弟の今。
穏やかに、時に楽し気に、時にちょっと険悪になったりしながら交わされる何気ない二人の会話は、
けれど、姉の言葉で弟にその“現実”思い出させます。
睡眠薬自殺を図って病院に運ばれた弟は、未だ生死の境にいる。
そのことを思い出した弟に、姉は問いかけます。

「こっちに、来たい?」


というような、まさに会話劇な朗読劇でした。
先日観た朗読劇が、動きがあったり会話以外の地の文があったり、映像効果があったりしたのとは対照的に、
今回の朗読劇は、会話だけ。そして、二人は椅子から立ち上がりもしませんでした。
音は、あったかな。
二人の会話の合間に挟まれる、不思議な音。
金属を叩くような、繋がらないラジオのノイズのような、モニターが刻む電子音のような
不規則だったり、規則的だったり、無機的だったり、有機的だったりする、いろいろな音。
それは、私には鼓動のように聞こえました。
物語の真相を思えば、あの音は“弟”が聴いているリアルな音が歪んだものなのかな、とも思えます。
そういう音が流れているあいだは、照明が少し暗くなって、二人が影に沈んだようになっていた。
明るくなる時は、二人の会話に。
薄暗くなる時は、その不思議な音に。
知らず知らずのうちに深く集中している自分がいました。

死者であるはずの“姉”
生者であるはずの“弟”

姉は本当に死者なのか。
弟のもう一つの人格なのか。
生死の境にいる弟の、死への憧憬と生への執着のせめぎ合いの表れなのか。
観終わってから思い返すと、いろいろな解釈の仕方があるんだろうな、と思います。
でも、観ている間―――いや、観終わってからも、あの“姉”と“弟”は確かに存在したと、
そう思うのです。
でも、その在り方は演者によって大きく異なっていて―――


マチネは、木村花代さんと荒牧慶彦くんの姉弟。
明るくて気風がよくて面倒見はいいけど弟をいじるのも大好き!―――そんな表情豊かな“姉”に対して、
大人しくて、自信なさげで、どこか幼さがあって、ちょっと姉に甘えるような雰囲気のある“弟”。
私の中に残る彼の姿は、俯いて影になった顔の、どこか頼りなげな口元でした。
もちろん、顔を上げることも、姉の方を見ることもあったと思う。
でも、彼の感情は、常に俯いていて。
それはもしかしたら素の彼の緊張の表れだったのかもしれないけれど、
死者にも関わらず前向きで生命力に溢れた姉に対して、
彼は何かを諦めているような―――何かを手放そうとしているような不確かさがあるように感じられた。
彼が声を荒げたのは、たった一度だけ。
もう眠りたかった、幸せの絶頂で人生を終わらせたかった。
そう、叫んだ時だけでした。
そして、叫んだあと、彼は自分がそう叫んだ事実に驚き、呆然としているように見えた。
たぶん、彼は本当に自分がどういう状況に在るのかはわかっていなかったんだと思う。
彼が最も恐れていた死の前の苦しみを体験して、
苦しさの中で自分で119番するという生への執着も見せながら、
それでも彼はそのまま死んでしまってもいいと、全てを諦めていた。
そんな“弟”を、“姉”は最初からずっと、生に向かわせようとしていたように、私には思えたのです。
彼女は最初からずっと、彼が生きることを願っていたんだ、と。

木村さんの演じる“姉”が、本当に死者なのかはわかりません。
もしかしたら、“死”に向かおうとする自分を引き留めるために、
行きたいと願う彼の中の―――彼の心の一部分が、
“姉”という形で具現化し、彼を生に向かわせようとしたのかもしれない。
でも、いずれにしろ彼女は彼を生に向かわせる存在であり、
彼の命を祝福する存在であり、
彼の未来を諦めない存在なのだと思う。
そして、彼女はこの先もずっと、これまでと同じように彼と共に在る。
“姉”と“弟”は、普通の姉と弟のように、時に笑いあい、時にぶつかり、時に甘え合いながら、
この先の“弟”の生を共に生きていくのではないか。
そんな風に思えるくらい、対照的なのに重なる部分の多い二人だったように思う。
そういえば、途中で一度、二人が水を飲んだ瞬間があったのだけれど、
コップを手に取るのも、飲むのも、コップを置くのも、鏡合わせみたいにタイミングが一致していました。
これは演出なのかなー、とおもったのだけれど、ソワレのお二人はそれぞれのタイミングで飲んでたから、
少なくともルーチンの演出ではなさそうかな、と思う。
途中の姉の言葉に弟が「嬉しかった」と答えて姉が照れるのと、
ラストの弟の言葉に姉が「嬉しかった」と答えて弟が照れるシーン、
多分意図的に同じ台詞(だったと思う)にしているのだと思うのだけど、
そのシーンの笑みも似ていたような気がしました。
そういうシンクロっぷりも、この二人には合っていたように思います。



ソワレの篠井さんと橋本くんは全く異なる雰囲気でした。
なんというか、橋本くんの“弟”は最初から全部わかっていてわかないふりをしているような雰囲気があった。
荒牧くんとは違って、最初から足を組んで椅子に座って、凄くリラックスしているようにも、
余裕がないようにも、何かに強く苛立っているようにも見えた。
台詞も、どこか芝居がかった雰囲気で。
わかっていて、はぐらかす。
見えているのに、見えていないふりをする。
彼の笑みは嘲笑で(誰に向かって?)、口元は笑っていても目は笑っていない。
端正なのに、そんな歪な印象のある“弟”でした。
対する篠井さんの“姉”は―――死神のように見えました。
“弟”とは対照的に、背筋をまっすぐに伸ばして、薄く笑みを浮かべながら滑らかに言葉を紡ぐ“姉”。
木村さんの“姉”が光を放つような明るさがあるとすれば、
篠井さんの“姉”は、光を吸収して闇を濃くするような雰囲気がありました。
というか、篠井さん、在り方がめっちゃ綺麗だった・・・!
いえ、衣裳は白いブラウスにゆったりした黒のパンツで、決して女性的ではないのだけれど、
ちょっした仕草がとてもたおやかで。
しんとした静けさのある佇まいが、余計に篠井さんの“姉”と“死”の親和性を高めていたように思います。
篠井さんの“姉”は、私には明らかに幽霊に見えました。
守護天使でも、ガーディアン・スピリッツでも、座敷童でもない。
ただ一人の死者として、自分の生きられなかった生を生きる“弟”を見つめる存在。
“弟”に向けられる感情は、だからとても冷たくて、彼の生が尽きる瞬間を、
待ち望んでいるような気配があった。

“姉”は、“弟”がこちらに来てもいいと思っていた。
このまま、自分のいる場所に、彼を連れて行ってしまってもいいと思っていた。
彼が―――彼の一部だけでも強く“死”を望むのであれば、
彼が憧れた、彼の恐れる究極の恐怖のない場所で共に在っても良いと思っていた。
でも、途中でその思いは反転した―――そう、見えました。
その瞬間は、多分あそこだったんじゃないかな、と思う。
“姉”が、死後コンタクトを取ろうとしたのは最初から“弟”一本だったと言った時、
“弟”が、嬉しかった、と答えたあの瞬間。
その後から、“姉”の言葉には“生”の気配が混じり始めたように感じたのです。

死にたかった、と叫んだその後、橋本くんの“弟”は、そう言ってしまった自分を、
“今”を認めてしまった自分を、嘲笑うかのような、敗北を認めるかのような雰囲気があった。
生きることも死ぬことも選べない自分に、絶望しているようにも見えた。
この瞬間、きっと“弟”はそっちとこっち、どちらにも行くことができたのだと思う。
“姉”の言葉一つで、その振り子はどちらかに大きく傾いた。
そして、それを委ねられた“姉”は、“弟”が生きることを望んだ。

最後の選択は、木村さんの“姉”も、篠井さんの“姉”も同じでした。
でも、その過程が違うように、その後もきっと違うんだろうな、と思う。
最後、“弟”の「また会える?」という言葉に、“姉”は「もちろん」と答えます。
篠井さんの“姉”のこの言葉を聴いた瞬間、堪えられずに涙が溢れました。

二人は、いつかまた会うだろう。それは間違いない。
でも、木村・荒牧ペアの姉弟が会うのが次の朝で、これまでと同じように時を過ごすのとは逆に、
篠井・橋本ペアの姉弟は、この間(あわい)の空間に再び弟がやってくるまで、
会えない―――会わないような気がした。
“弟”が天寿を全うして、再びこの空間に着た時。
“姉”は今度こそ死神として彼を迎えに来る―――そんな風に思えてしまって。


同じ台本でも、二組それぞれに違う景色が見えてとても興味深いマチソワでした。
木村さんの陽性の在り方はやっぱりとても好きだし、
布をかぶっていない荒牧くんを見れたのも嬉しかったし(笑)、
篠井さんの声の力には圧倒的だったし、
橋本くんの醸し出す雰囲気はやっぱり凄く魅力的でした。
途中、「欲望という名の電車」の一節が語られるシーンがあったのだけど、
未だ観たことのないこの演目にも更に興味がわきました。
他の組み合わせでも、届いてくるものは全然違ったんだろうなあ。
とても重い演目ですが(私も遺言状書かなきゃかしら、と思っちゃったし(笑))、
他のペアも機会があったら是非観てみたいです。

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