天の眼

昨夜はスーパームーンだったのだとか。
昨年引越した部屋は4階で、街灯よりもずっと高い位置にあるわけなのですが、
昨夜寝る前にベランダに出たところ、くっきりと月光による影が落ちていて、
寒さも忘れてしばらく見入ってしまいました。
月光が蒼いことも再確認。
見上げれば月だけでなく、沢山の星も見えました。

人工の灯りも、この冴え冴えとした月光もない夜の森で、
あの男が眼差しを交わしたあの星は、どれ程の強いきらめきを放っていたのだろうか。


「画狂人 北斎」

2019.1.13 ソワレ 新国立劇場小劇場 D4列10番台

演出:宮本亜門
脚本:池谷雅夫
出演:升毅、黒谷友香、玉城裕規、津村知与支、和田雅成、水谷あつし


葛飾北斎については、一昨年放送された「眩」というドラマが思い浮かびます。
このドラマの中で、病に倒れた北斎がもう一度筆を握るまでのシーンの凄まじさ―――
絵を描く―――というか、何かを創りだす人のエネルギーというか業を強く感じました。
葛飾北斎という男は、そのシーンそのままに凄まじく突出した、まさに天才なのだと、思った。

で、この舞台。
舞台の上に居た北斎は、なんというか、とても普通の人に見えたのです。
物語の中、何度も聞こえる「天才」という言葉。
確かに、北斎は天才―――天与の才のある男なのだろう。
そういう意味では、彼は決して普通の男ではない。
けれど、私には升さんの北斎は、一人の普通の男が、
自分の求めるものに向かって、ひたすらに狂おしく足掻き続けているように見えました。

子どもの頃、迷い込んだ夜の森で、遠い空から自分を見つめる北辰―――眼。
目にした全てを描くことに憑りつかれていた子どもが、唯一書くことのできなかった、眼。
その“眼”を描くために、絵を描き続け、技巧に走り、家族を泣かせ、真っ当な人生から外れ、
けれど、付随してきた名声に振り回され、時の幕府に縛られ―――
物語の前半、ぼさぼさの髪でせんべい布団の上で金にもならない絵を描き散らす北斎は、
そんな生活の中で、なにかを見失っているようにも見えました。
けれど、幕府のお達しから逃れて、かつての弟子である高井鴻山を頼って小布施に向かった北斎は、
その隠遁生活の中鴻山と語らい、彼から見せられた西洋の解剖図に衝撃を受け、
そして実際の腑分けをその目で見、書き留めていく中で、もう一度あの“眼”と対峙することを選びます。
その後江戸へ戻った北斎。
見たもの全てを、自身の魂を通して描き出そうとするその北斎の眼は、
きっと小さな彼が眼差しを交わしたあの星と、きっと同じ色の強さを持っていた。
足掻き続けた普通の男が到達した高み―――それゆえの凄味に、鳥肌が立ちました。
画狂人、という言葉が、リアルな形になって目の前に現れたように思った。

物語の最後、北斎研究家の長谷川南斗(津村知与支)が、
北斎が小布施に遺した天井画「八方睨み鳳凰図」について解説を始めます。
実は、個人的に一番共感したのが、長谷川先生だったりします。
画家になることを嘱望され、自身もそれを強く望みながら、
才能という壁に阻まれて研究者へ道を変えた長谷川先生。
もちろん、研究者としての才も、特別なものだと思う。
けれど、描くということ、創造するという点において、彼は“天才”ではなかった。
だからこそ彼は、天与の才がある(ように見える)後輩に、おせっかいなまでに関わり、
そして幾何学的な視点から北斎を分析しようとした。
天才を分解し、理論に落とし込んで理解することで、自分にはわからないその“才”を知ろうとした。
物語の始まり、滔々と北斎についての分析を語り続けた彼が、
この鳳凰図の解説―――一見ランダムに描かれた円が、
実は全て鳳凰の目に見る人の視線を集めるように配置されているということを語りながら、
不意に絶句します。
そして、彼が語る“北斎の眼”。
その言葉を聴きながら、なぜか涙が零れ落ちました。
その涙の意味を、私は明確には言葉にすることはできないけれど、
舞台全体を覆うようにどんどん大きくなっていく鳳凰図のその鋭い眼に、
私自身が呑みこまれるような、そしてその先に、その眼を通して見る世界があるような、
そんな不思議な感覚になりました。

うーん・・・思い浮かぶままに書いているけど、やっぱり私はクリエイティブな感性が乏しいので、
この物語をきちんと理解はできていないように思います。
きっと的外れなことを書いているんだと思うけれど、
でも、確かに私の中に何かを残した舞台だったな、と思う。


物語は、北斎の生きる江戸と、長谷川先生の生きる現代のパートが交互に描かれます。
江戸では、文句を言いながらも北斎を支え続ける娘・お栄(黒谷友香)が、
現代では長谷川先生と、和田くん演じる凛汰が物語を引っ張ります。
和田くんの凛汰は、いくつもの賞を取るほどの絵の才能を持ちながら、
震災の津波で恋人を失った後、全く絵が描けなくなった若き画家です。
もう自分には絵は描けない―――そう無気力に呟く凛汰に、長谷川先生は沢山の言葉をかけます。
凛汰の心を融かそうとしているはずのその言葉は、
けれど、悪気はない分たちの悪い無神経さがあって―――
案の定、凛汰の気持ちはますます閉じて行ってしまうんですね。
あの経験をしていない人にはわかるはずがない。
自分の中には、もう何も残っていない―――何も、描くものが、ない。
言葉少なに、佇まいで、表情で、凛太のその閉じたあるいは凍り付いた内面を、
和田くんは丁寧に見せてくれたように思います。

コンクールへの出品を促す長谷川先生にあてつけるように、
キャンバスを真っ黒に塗りつぶした絵を突きつけた凛汰は、
逃げるように走り出したその先で、お栄に、出逢います。
会話の中から、彼が北斎の娘であることを察した凛汰は、彼女に問いかけます。
自身も絵の才があるのに、どうして絵に専念しないのか、と。
その問いに、彼女は答えました。
「おとっつぁんの絵を見ると、ここから何かが湧きあがるような気がするんだ」と。
(すみません、細かい言葉は違っていると思います・・・私の記憶力(^^;))
その言葉は、凛太の恋人だった麗奈(黒谷さん二役)が、凛汰の絵を見て言った言葉と同じで―――
その不思議な邂逅の後、凛汰は下手の階段に座ってすっと空を見上げていました。
上手側では、江戸パートのお芝居が続いていたので、彼を見続けることはできなかったけれど、
時々目をやった彼の表情は、それまでの頑なさや空虚さが徐々にほどけていくように、
柔らかく、淡い笑みに彩られていた。
彼が、その時何を見ていたのかは、確か明確には語られなかったと思います。
でも、私には、彼が見ていたのは北辰だったのではないかと思えた。

北辰―――常に空にあり、彼を見守る眼。そして、彼が見つめる、眼。

その眼差しは、きっと北斎が対峙したモノとは異なるものだったと思う。
けれど、その眼は、蹲っていた彼を立ち上がらせ、未来へと導くもので。
その星が、彼をどこへ導くのかはわからないけれど、
彼の進むその未来に幸あれと、彼の描くその世界に光あれと、祈るように思いました。


お栄役の黒谷さんは舞台で拝見するのは初めてかな。
すらっとした綺麗な方で、情の深さと気風の良さが絶妙でしたv
凄くしっかりした強い女という雰囲気なのだけれど、ふと見せる弱さと、
その弱さを自分自身で叱咤するような様子が切なかったです。
「眩」で宮崎あおいさんが演じたお栄とはまた違った北斎との関係性にほっこりしました。
最後、暗闇に沈む中で俯く北斎にお栄が声をかけるのだけれど、
あの時北斎はこと切れていたのかなあ・・・
北斎を呼ぶお栄の声がとても印象的でした。

玉城くんは、江戸パートで二つの役を演じていました。
北斎の孫・時太郎は、もうそれこそ絵に描いたようなドラ息子!
母が死んだのは北斎のせいだと言ってしょっちゅう金をたかりに来ては、
お栄に叱られるんですが(で、北斎はうしろめたさからか甘やかしちゃうの)、
その飄々とした佇まいの中に見え隠れする怯えが印象的でした。
派手な着流しも凄い似合ってた!
テンション高く場を乱す役柄だったので、
その後鴻山役で出てきた時には、一瞬玉城くんだとわかりませんでした。
でも、妖しさ、という点では鴻山に軍配が上がった気がする(笑)。
鴻山は、良いとこのお坊ちゃん風で、衣裳もきっちりした着物姿だし、
髷も月代も一筋の乱れもない感じで、動きも滑らかな静けさがある感じなのですが、
とにかく行動がやばい!
ちょっと待ってその隠し棚の中、全部ご禁制の洋書?
っていうか、そこでいきなり北斎を医者以外禁止されてる腑分けに連れ出すの?!
彼との対話の中で、北斎の雰囲気が変わっていったこともあって、
何というか、メフィストフェレスみたいだなあ、と思ってしまった。
いや、あの綺麗さも凄いそれぽいと思うのよ・・・
腑分けのシーンでの、暗がりの中の彼の表情が凄い気になりました。
そんな感じだったので、終盤、時太郎として再登場してくれたときには、
前半よりも諸事情により(笑)素直な雰囲気になっていたこともあって、
ちょっとほっとしてしまいました(笑)。

そういえば、この舞台のセット、舞台奥に木製の戸のようなセットがあって、
それが開くと北斎の家になったり、凛汰や長谷川先生の部屋になったりするんですが、
鴻山の家のシーンで北斎が住んでいた2階の部屋が、なんだか凄く良い感じでしたv
狭い階段を上り下りするのですが、北斎と鴻山の降り方が全然違っていたのもなるほどなー、と。


水谷さんは、冒頭の美術館の職員(?)な馬場さんと、
江戸パートでお栄と恋仲になる戯作者(かな?)の種彦の二役。
こちらも全然雰囲気が違っていて、びっくりしました。
というか、種彦、めっちゃかっこいい・・・!(笑)


今回の舞台のパンフレットには、北斎の絵がいろいろ載っていました。
有名なものは本やTVで見たことはあるけれど、実際のものを目にしたことはないなあ。
観劇時にもらったフライヤーの中に、すみだ北斎美術館のものがあったのだけれど、
ちょっと行ってみたくなりました。
小布施の鳳凰図も見てみたいなあ・・・
今年はどこかで小布施旅行を計画しようかと思います。
そういえば、この舞台、この後小布施公演もあるのですね。
北斎・鴻山縁の地での公演は、きっとまた特別な感慨があるんだろうな、と思います。
寒い時期ではありますが、素晴らしく熱い舞台となりますように!

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