獅子の涙

立秋を過ぎましたが、まだまだ暑さは厳しいですね。
某ゲームの背景を向日葵畑にして、ちょっと気持ちが爽やかになった恭穂でございます。
お手軽(笑)。

そんなこんなで何とか暑さをしのぐ日々ですが、
仕事も忙しいので1週間があっという間!
先週の観劇記録を書けないうちに、もう週末になってしまいます。
このままだと書かずに終わっちゃいそうなので、
覚書程度にさらっと書いておこうかな。


少年社中「天守物語」

2019.8.3 紀伊國屋ホール R列10番台

原作:泉鏡花
脚色・演出:毛利亘宏
出演:貴城けい、廿浦裕介、鈴木勝吾、納谷健、松永有紗、大竹えり、井俣大良、杉山未央、
   岩田有民、川本裕之、竹内尚文、掛川僚太、長谷川太郎、堀池直毅、長谷川かすみ、
   古澤みき、SATOCO、内山智絵、北村諒


泉鏡花の「天守物語」。
原作も読みましたが、私の中では波津彬子先生の漫画の印象がとても強く、
「夜叉ヶ池」と共にとても大好きな作品だったりします。
美しくて恐ろしくて理不尽なのに純粋。
そんな人ならざるものと、人との想いが交差する物語。
今回、この物語を少年社中さんがどんなふうに描くのか、とても興味がありチケットを取りました。

少年社中さんなので一筋縄ではいかないだろうな、とは思っていたのですが、
予想以上に不思議な物語になっていて、実は正直なところきちんと理解はできていないかと・・・
物語の流れや台詞が、原作にとても忠実なところと、原作とは大きく異なるところが、
複雑に入れ替わり絡み合っているような感じでした。
だから、観ている間は物語についていくのに必死で。
でも、そんな風に難解でありながら、ラストシーンのメッセージはとてもストレートで、
なんだか呆然としてしまったのでした。
妖の滅びを加速させた(と思われる)富姫(貴城けい)と図書之助の恋。
一度は失われた彼らの視力が戻ったとき、彼らの目に映った未来の姿。
光に溢れる夜の世界に妖の姿はなく、
妖の守りを失った世界で懸命に生きる人間―――

原作の、どこか祝祭感のあるラストシーンとは大きく異なるその物語の終わり。
ぶつりと断ち切られたかのような物語のその先には、
彼らが視たとおりの未来があるのか。
それとも、彼らはその絶望から立ち上がって異なる未来を目指すのか。
そのことが、とても気になりました。


そんなわけでちょっと内容には深く踏み込める自信がないので役者さんのことを少しずつ。

今回一番印象に残ったのが、納谷くん演じる鷹。
でも、鷹のはずなのに、最初に出てきた納谷くんは、額に角のある鬼の姿で。
彼が殺した人間の男。
その様を見てしまった男の幼い息子。
それがその先の大きな悲劇に繋がっていく。

妖怪は、人を殺めると鳥になる―――

愛する女が愛した人間。
その人間が、愛した女ではなく別の女を助けるために持ちだした獅子頭。
それを取り戻すために、その男を殺した鬼は鷹になり、
その男の息子である鷹匠の鷹として空を飛び、
天守の高みで下界を見下ろす愛する女の下へと降り立つ。

そういう因果が物語の進む中で徐々に明らかになっていくのですが、
それは鷹自身の言葉ではなくて。
言葉少なににそこに佇みながら、けれど深い情を感じさせるその存在感。
己の情に、欲に、業に翻弄され惑う周囲の中で、
愛する女のためにその身を変え、その生に寄り添いながら、
芯の部分では一筋の惑いもない彼の、静かで確かな存在感に感嘆しました。
もちろん、殺陣その他での身体能力も相変わらず凄かったのですが、
そういう得意分野ではないところでの彼の成長が感じられて、凄く嬉しかったなあ。
今後も注目の役者さんですv


反対に業に巻き込まれて堕ちて行った感じだったのが、鈴木くんの死宝丸。
父が鬼に殺されるところを見てしまった彼が負った心の傷。
放蕩の後に兄と共に領主に仕えることを望んだ彼にもたらされた体の傷。
父の死の真相を知ろうとした彼に妖たちが与えた存在の傷。
そして、全てを知った彼が負った、魂の傷。
傷だらけになりながら、妖を滅し続ける彼の鬼気迫る姿は、
本来の人よりも、彼が嫌悪した妖に近くて。
人と妖の存在としての異質さと、心の在り方としての境界の曖昧さを体現しているように見えました。
兄の手にかかった最期の時、彼がどんな表情をしているのかがとても気になりました。
うーん、DVD買うべきかな・・・


富姫役は貴城けいさん。
ミュージカルで何回か拝見したことがあるかな。
凛々しさがありながら、どこか危うさの感じられる富姫でした。
彼女は、時を経て図書之助の父と図書之助を愛するわけなのですが・・・
えーと、「千歳百歳に唯一度の恋」という原作の根本的な部分が崩れちゃってるのでは?!
と観ている時には思ってしまったのですが、
ここから先の千歳百歳ならそれでいいのかな・・・?
近しい眷属を、鳥になってなお傍にいてくれた鷹を失った彼女が、
妖の居ない未来を視て感じたのが絶望だったのか安堵だったのか。
それがちょっと気になりました。


大竹えりさん演じる亀姫は、富姫とは人に対して真逆の立ち位置。
ある意味妖として正しい在り方で、禍々しくもちょっと清々しい存在だな、と思いつつ、
実は全ての元凶が彼女だったのでは?!と思う部分もあり(^^;)
彼女があそこまで人を厭う理由は何だったのかな。
亀姫を取り巻く舌長姥(杉山未央)や朱の盤坊(井俣大良)の関係性や登場の仕方が、
わりと原作寄りだったので、観ていてちょっとほっとする部分もあったり。
いやまあ、やってることは殺伐としてるんですけどね(^^;)


富姫の眷属は植物の名前が付いているのですが、
それぞれにその花のイメージの衣裳がとても可愛らしかったです。
最初の秋の花を天守閣から釣り上げるシーン、原作通りで風流でございましたv
黒子さんが最前列の人にお花を渡しているのにはびっくりしたけど(^^;)
堀池直毅さん演じる薄が、厳しさの中に愛情と強さが感じられて、とても素敵だったなあ。
富姫の命を受けて去る後ろ姿が本当にかっこよかった!

岩田有民さん演じる武田播磨守は、台詞は少ないのだけれど、
それを補って余りある存在感というか、存在の雄弁さがあって目を引かれました。
妖の介入があったとはいえ、人が妖よりも人を害する存在となり得るという怖さを、
ひしひしと感じました。
でも、多分播磨守は、自分の中にそういう素因があることがわかっていたんじゃないかな。
川本祐介さん演じる家老に伝えてあった言葉を聞いて、
妖という存在がなければ、もしかしたら名君になっていたのかなあ、とも思ったり。


松本有紗さん演じる極楽鳥は、ある意味超越した存在だったのかなあ。
愛する男を殺して鳥となった妖なわけなのだけれど、
富姫や鷹の行き方を見つめながら、何かの答えを探しているようにも見えました。
もしかしたら、富姫のもう一つの姿だったのかな。


北村くん演じる近江之丞桃六。
私の中では彼は綺麗で男前な薬研くんイメージで固まっていたので、
出てきた時の小汚さ(すみません)にまずびっくりし、
原作と違いすぎる在り方に混乱し、
獅子頭との関係性に頭を悩ませてしまいました(^^;)
えーと、願いをなんでもかなえるという強大な力を獅子頭は持っていて、
その獅子頭を作った桃六は人間でありながら妖の世界に存在していて、
でも彼は何百年も前のことも知っていて―――
もしかしたら、妖という存在を作ったの桃六だったりするんですか?
それって“神”ってことじゃないんですか???
とかいろいろ考えたのですが、結局答えはわかりませんでした。
でも、この物語では獅子頭は舞台の奥に常に在りつつも、その存在は希薄で。
むしろ桃六が獅子頭としての役割も担っていたように思います。
というか、桃六=獅子頭だったりするのかなー。
ラストシーン、未来への強烈なメッセージを語るキャストの真ん中で、
一人座りながらまっすぐに前を見つめる彼の口元が笑っているように見えて。
でも同時に、舞台奥の獅子頭の左目の下に残った一片の紙吹雪が涙のように見えて。
その二つが重なって、一つの感情を形作っているような気がしました。
・・・まあ、思い込みなんですけどね(^^;)


混乱してるのが丸わかりな記録になってしまったなー。
でも、独特の美しさと凄惨さが背中合わせになったような舞台は、とても見ごたえがありました。
毛利さんの美意識は、もしかしたらあまり好みではないのかもだけど、
なぜか凄く心惹かれる瞬間があります。
また機会があったら、少年社中さんの舞台、観てみたいな、と思います。



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