ポラリス

小学校で星座を習った時から、ふと星空を見上げる時、
ついつい北極星を探してしまいます。
他の星に比べても小さな、
けれど、現時点では揺るぎない唯一の指針の星。
そして、どこか孤独を纏った、星。
北極では真上に見えるはずのその小さな星は、
あの時、空を仰いだ彼の目には見えていたのだろうか。


「フランケンシュタイン」

2020.1.18 マチネ 日生劇場 1階K列30番台
2020.1.25 マチネ 日生劇場 1階B列10番台

出演:中川晃教、小西遼生、音月桂、鈴木壮麻、相島一之、露崎春女、
   朝隈濯朗、新井俊一、岩橋大、宇部洋之、後藤晋彦、白石拓也、
   当銀大輔、丸山泰右、安福毅、江見ひかる、門田奈菜、木村晶子、
   栗山絵美、水野貴以、宮田佳奈、望月ちほ、山田裕美子、吉井乃歌、
   小林佑玖(1/18)、山口陽愛(1/18)、大矢臣(1/25)、浅沼みう(1/25)


というわけで、ちょっと間が空いてしまいましたが、
「フランケンシュタイン」再演の観劇記録第2弾です(笑)。
今回、アッキーとの組み合わせは小西くんと加藤くんそれぞれ2回ずつご縁をいただきました。
この演目、私的にはビクターとアンリ~怪物の関係性がとにかく深読みしがいがありまして!
初演で観た時にはハッピーエンドに感じるときもあれば、どうにもならないと感じる時もあり、
それぞれの組み合わせで見えてくるものが違ってとても面白かったのでした。
で、今回。
前の記事でも書きましたが、二人の関係性も見えてきたものも全然違ってびっくりしました。
特に驚いたのが、アッキーと小西くんの組み合わせ。
前回とは異なる関係性が興味深く、更にはラストシーンのアッキーの動きが全然違う!
そして、初めて見えてきたビクターの感情に、ちょっと呆然としてしまったのでした。
というわけで、以下、かなり妄想多めで記載します(笑)。
あくまで私が感じたこと、ですので、どうぞご容赦くださいねー。

アッキーのビクターは、とても臆病で内向的。
柿澤ビクターの拗れまくってむしろ近くなっちゃった他者との距離感とは対照的に、
とことん他者を拒絶する感じが、怯えた小動物みたいだなあ、と思ってしまいました(笑)。
なんだろう・・・怖くて距離を置くんだけど、どこかで甘えたい気持ちがある感じ?
だから、懐に入れてしまった相手との距離は一気に近くなってしまうのかな。
ジュリアに対しても再会した時点で明らかに恋情がある。
彼女の姿にふっと目を引かれ、思わず一歩近寄って、
けれど自分を戒めるように立ち止まり、振り切るように走り出す。
エレンに対しても、彼女の中にせめぎ合う愛情と恐怖を敏感に感じて、
どうしていいかわからなくて逃げてしまう感じ?
そういう意味では凄く純粋な印象を受けました。

今回のリトル・ビクターのお二人も全く対照的な造形で。
小林くんは小さな体からふとした瞬間に迸る狂気が鮮やか。
彼が「生命 有機の結合~」って歌いだすと、
無邪気さが一気に禍々しくなって、もの凄い異物感がある。
母を生き返らせる、という目的は単なるきっかけにしかすぎない。
自分には、その方法が見える。ならば何故やっては行けないのか―――
この時点でマッドサイエンティストの片鱗が見える感じ。
これはステファン市長も怯えるわーと思ってしまいました(^^;)
一方の大矢くんは、見た目は小林くんよりもお兄さんな感じなのだけど、
子どもらしさや純粋さが感じられるリトル・ビクター。
学ぶにつれて明らかになる「生命」の仕組みに、ただひたすらに心惹かれ、
学ぶことを楽しんで、けれど目的はあくまでも母を生き返らせること。
ジュリアと引き離され、市長に拒絶され、エレンに怯えられて、
打ちひしがれる姿に胸が痛みました。
これは、ルンゲも放っては置けないよね、というかもっと抱きしめてあげて!と思っちゃった。
でも、執事という立場では、そういうわけにもいかなかったんだろうなあ。切ない。
個人的には、小林くんは柿澤ビクターと、
大矢くんはアッキービクターと親和性が高いように感じました。

アッキーのビクターは、だから科学者よりも人間としての色が濃いように思った。
彼の研究は、確かに生命の秘密に迫り新しい命をその手で作りだすことだろう。
けれど、彼が本当に作りだしたいのは、知らない誰かの命ではなく、
母の、アンリの、エレンの―――大切なたった一人の命なのだと、
1幕終盤のあれこれをみていて思いました。

アッキーのビクターは、ある意味とてもわかりにくい。
ビクターという男を伝えてくる術は、多分柿澤くんの方がしっかりしている。
細やかな表現で柿澤くんから差し出される“ビクター”という一人の男の在り方は、
驚くほどの生々しさで私の目を奪った。
一方でアッキーのビクターの在り方を、私は3時間の舞台の中で何度か見失いました。
彼が何を思い、何を考え、どうしてその行動をしたのか―――見失って、困惑して、
でも、次の瞬間に彼の歌声が理屈を越えたところで全てを伝えてくる。
そんな感覚に何度も翻弄されました。
♪偉大なる~ で神に向けた言葉は、私には宣誓のように聞こえた。
蘇った“アンリ”に狂喜し、次の瞬間に、“それ”は自分の知るアンリではないのだと、
アンリの頭を持った別の“何か”なのだと察した時の歌声は、祈りのように聞こえた。
そして、1幕ラストの引き絞られるような慟哭を形作る絶望が本当に辛くて・・・
同時に、そんな風に全てを薙ぎ払うようにして“ビクター”を届けてくるアッキーの歌声の力に、
改めて抗いがたい魅力を感じてしまったのでした。

小西くんのアンリの印象は、柿澤くんの時とあまり変わらないかな。
彼のアンリからはやっぱり怒りを強く感じたし、
義務と約束でビクターを縛っているように感じたのも一緒。
アッキーのビクターは、面会の時のアンリの言葉に全然納得していない。
駄々をこねる子どものようにアンリを見つめて首を振る仕草は本当に弱々しくて。
そんな彼を笑顔で諭すアンリの冷静さは、やっぱりとても悲しかった。
けれど。
前方席で観た時、小西アンリの目が潤んでいるのを見た瞬間、
この選択は、彼にとってベストではなくベターだったのだと、そう思った。
同じ場所で、同じ時間を過ごし、共に命の秘密を明らかにする。
そのベストな選択を、彼はきっと誰よりも望んでいた。
でも、それが果たせないのなら―――彼は、こうするしかなかった。
それが、どれだけビクターを苛み、どれだけビクターを追い詰めるかアンリはわかっていて。
わかっていてそれでも、そうするしかできなかった。
ビクターと共に歩む未来を惜しみながら、今選択しうるベターを選ぶ。
最後まで笑顔を見せない彼の、その冷静さ、その覚悟、その熱情―――
それはある意味、研究者として究極に正しい姿で。
なんだかもう泣くしかできませんでした。

小西くんの怪物は、本当に鏡のようだな、と思う。
向けられた感情を、そのままに相手に返す。
優しさには優しさを。
温もりには温もりを。
憎悪には憎悪を。
暴力には暴力を。
1幕ラストから2幕前半の彼の行動は、多分そういう行動原理に従ってた。
けれど、カトリーヌの―――ビクターの拒絶に対しては、悲しみを返していたように思う。
小西くんの怪物が、どのタイミングで“アンリ”の記憶を取り戻したのかはわかりません。
わからないけど、私的には、結構早い時期だったんじゃないのかなあ、と思えた。
早い時期だったからこそ、“創造物”に対するビクターの行動を、
深い悲しみの中で彼は許すことはできなかった。
命を与え、全てを奪った創造主。
命を生み出し、捨て去った創造主。
アンリは、戦場で失敗作を破棄するビクターを見ていて。
だから、失敗作とみなされた自分が破棄されたことを、理解はしていた。
理解はしていたけれど、彼は決して失敗作ではなかったことを、きっと彼自身が一番知っていた。
だから、それを彼はビクターに知らしめたのだと、漠然とそんな風に感じました。

ラストシーン。
怪物に名前を呼ばれたビクターは、多分その瞬間に“怪物”は失敗作ではなかったのだと、
“それ”は、確かに“アンリ”であるのだと、そう察したのだと思う。
最初に観た時、“アンリ”を抱きかかえて名乗りを上げる彼の姿に、
彼は何度だって“アンリ”を蘇らせるのだろうと思った。
初演の時は、そんな風に思ったことがなかったので、凄くびっくりしたけてど、
その想いは不思議な確信に満ちていた。
そして、2回目に観た時。
ビクターは、すぐにアンリの傍には行かなかった。
オケと合うのかと、私の僅かに残った冷静な部分がハラハラしてしまうくらい、
ビクターはその場から動かず、空を見上げ―――
その横顔には、確かに歓喜の色があった。
自分の研究は成功していたのだと。
自分は―――自分とアンリは新しい生命を創造したのだと。
抱き寄せたアンリのコートをはだけるその行動が、私には神への提示のように見えました。
自分が―――自分とアンリが創った生命を見ろ!と言っているように見えた。
そして、アンリの右手と硬く手を握り合わせるそのしぐさは、
アンリとの約束の成就を讃え合っているように見えた。

ああ、彼にとってこの3年間、アンリとの約束だけが指針だったのだな、と思いました。
ジュリアが、ビクターを包み温める太陽のような存在で、
エレンが、静かに彼を見守りながら、揺れ動く感情を隠す月のような存在なのだとしたら、
アンリは北極星のような存在だったのかもしれない。
北極星のように頼りない、けれど揺るぎないその“約束”を果たせず、その“約束”見失い―――
太陽と月に見守られながらも、向かうべき星を見失ったビクターは惑うしかなかった。
そして同時に、アンリにとってもビクターは揺るぎないただ一つの星で。
もう一度繋ぎ合ったその手の確かさこそが、彼らが辿り着く場所だった。
そんな風に、思いました。
アッキービクターと小西アンリから初めて感じた確信と歓喜は、
なんだかとても悲しくて、でもどこかほっとしてしまう自分もいました。
この先、ビクターがどう生きていくのかはわからない。
このままアンリが言うようにどこにも行けずに彼の傍で朽ちていくのかもしれない。
でも、このビクターはきっとここでは終わらない。
そう感じる自分もいて―――ビクターの、二人のその先の未来を見てみたくなりました。



うーん、思った以上に妄想大爆発だなー(^^;)
まあ、でもそういう余地があるのがこの舞台の魅力ですよねv
他にもいろいろ思ったことはあったのだけど、きりがなさそうなので強制終了!
とりあえず、カーテンコールの二人は良き同僚、という感じの安心できる距離感でした(え)。


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